かつて会社の先輩ママである同僚から話は聞いたことがあった。娘の七五三用に着物をレンタルしたのが、着てくれようとしない。それでも今必死に裾上げをしている。本番は神頼みであると。そうか、娘を持つとそんなことをしなければならないのか。自分には関係ないなあ…と思っていた当時に自分に言ってやりたい。今まさにその時が来たと。お前も間違いなく苦労すると。
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私はトゥットゥの七五三の準備をするにあたり、つらつらと記憶を遡った。自分の七五三時の三歳の記憶などはない。ただ七歳で着る振袖を三歳用に仕立て直して、着物に着られているような姿で収まっている写真を思い出した。特段不機嫌だった感じもない。おそらく私の性格を継ぐのであれば、物分かりは良いはずなので愚図ることもそうあるまい。
しかし我が妹のヤマナちゃんの3歳の七五三の不機嫌そうな顔で撮られた写真も同時に思い出した。当時から彼女は兄の影響などで戦隊モノなどに興味を示す男勝りな女の子で、着飾るなど女の子が喜びそうな状況などもってのほかという具合だった。確か口紅を引いた瞬間にヤマナちゃんがキレた記憶が蘇ってきた。
実はトゥットゥの顔立ちは私に似ているよりも、妹のヤマナちゃんに似ているのだ。私も間違えて、時々トゥットゥに「ヤマナちゃん」と声をかけるくらいである。もし顔だけでなく性格までも…と思うと、正直七五三はマズいと感じた。トゥットゥは慎重派なので現時点でヤマナちゃんとは性格は異なるので、リスクの確率は低いのだが、なるべくリスク回避の手を打たねばなるまい。
そこで私は一つ信条を曲げた。着物は古典的な色や柄が好みのため普通でいけば、赤の着物を借りるところであったが、そこをあえてピンクにした。なぜなら、トゥットゥは常日頃
「トゥットゥはね、ピンクが好きなの。」
とアピールするからだ。その度に親の好みでいつも青や黒やグレイ、ボーダーばかり着せてゴメンという気持ちでいっぱいになっていた。だってお母さん、ピンク嫌いなんだもの。
ピンクの着物が着られるとなれば、きっと気持ちが上がるにちがいない。率先して着てくれるにちがいない。そんなことを思って敢えて私の嫌いなピンク色の着物をレンタルの手続きをした。
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金曜の晩、着物が届いた。早速箱を開けて、着付けの手順を確認する。…確認? 着物や小物一式は揃っているのは確認したが、着付けの手順書はどこにもなかった。レンタルした会社のホームページにもいってみたが、七五三の三歳の着物の着付け方などどこにもなかった。むしろ同ページには着付けサービスやってます!のような宣伝ばかり。ああ、確かに。金になるサービスを、わざわざ手順書つけて教えますかいなってことね。なんてこと…。
しかしさすがインターネット。善意の第三者がYouTubeで着付け方法を動画で紹介しており、ことなきを得た。
そして土曜日。七五三前日入りをしてくれたサチ母と共に裾上げに挑んだのだが、私のリスク回避の手段はなんら効果を発揮しないことがすぐにわかった。
「イヤ!」
着物を着てくれない。ピンクだよー。日本のお姫様の格好だよー。どんなに持ち上げても無駄だった。私とサチ母は顔を見合わせて、風呂上がりにパジャマの上から再チャレンジしようと小声で言い合った。
そして風呂上がり。少し気分が変わっていたのか、着物を羽織ってくれた。ジェイジェイも一緒になって「いいよー!いいよー!」などカメラマンのようにヨイショをした。煽られたトゥットゥは鏡の前に行って自分の姿を見たりしていた。私はその間に急いで腰あたりにお端折りを作って洗濯バサミでつまみ上げて止めた。トゥットゥの機嫌は洗濯バサミで6箇所止め終えた時点で限界がきたようだった。
「ぬぐのー。」
裾上げはこれで実施するしかないが、本番が本当に神頼みとなった。
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さて本番の日曜日の朝9時半頃。サチ母がトゥットゥに着物を着せようとした。最初は「イヤ!」と言ってごねていたのだが、だんだん目に涙が溜まり、終いには目から大粒の涙があふれ出た。
「トゥットゥはおようふくがいいの。おようふくがきたいよー…。」
その様子を見たサチ母は落胆して
「お洋服覚悟したほうがいいわ。ああ、あのワンピース買ってあげればよかった。」
と先日の買い物を思い出したようで後悔していた。私も頭で今ある服でフォーマルに対応できるものを思い出しながらも、トゥットゥの説得を試みた。
「トゥットゥ、今から神様に会いにいくんだよ。『こんなに立派に育ちました。ありがとうございます』ってお礼を言いにいくんだよ。『これからも元気に保育園通えますように。』ってお願いしに行くんだよ。神様に会うには着物できちんとおめかししないと失礼なんだよ。」
多分こんなことを言った気がする。トゥットゥはべそべそ泣きながらも、着物は着ないといけないものだと理解したようで、涙を拭いては袖を通し、涙を拭いては紐を結び…となんとかサチ母に着付けてもらった。着物と同じ布でできた巾着には、トゥットゥの好きなおやつをいっぱい詰めてやった。
タクシーを呼んで、10時に神社に到着。その頃にはトゥットゥの機嫌もすっかり直っていて、家族皆での外出を楽しんでいるようだった。あいにく雨がまだ少し残っていたため、出足が鈍いようで、境内には男の子とその家族が写真を撮っているだけであった。
手続きを済ませると、トゥットゥは社殿の中に用意された小さな5つ椅子に、たった一人真ん中の椅子に座らせてもらい、私たち親は後ろに座った。宮司により太鼓が打ち鳴らされ、祝詞が始まった。
トゥットゥはこういう場は強い。GWの成田山の祈祷も一言も騒がず、一歩も動かず、参加することができた。今回もじっと前を向き、一言も話さず、御幣によるお払いを受け、鈴で祝福を受けることができた。私たちの儀式が終りに差し掛かるころ、3組の家族がやってきて後ろが賑やかになっており、それで少しだけトゥットゥは後ろを向いたが、ジェイジェイに促されて前を向いた。最後に赤いお守りをもらった。
無事儀式が終わると宮司より七五三の記念品をいただいた。千歳飴にしては袋が分厚い。何が入っているのか見ると、絵馬や干菓子も入っていたが、その大半は駄菓子屋さんで買うようなキッチュな玩具だった。万華鏡や縄跳びも入っている。さすが下町の神社だと膝を打った。「高級なものを少しだけ」ではない。「チープなものがたくさん」入っている。たくさん。これが大事。子供にとってはそれがどんなにうれしいだろう。トゥットゥも中身を見るだけで目が輝いていた。
境内で写真を撮り、帰路に付く頃には雨が止んでいたので歩いて帰った。着物を着ているので目立つらしく、すれ違う人皆に「かわいいー!」と声をかけられた。親もうれしい。
家に着くなりトゥットゥの第一声は
「きものぬぐ!」
だった。
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諸々が落ち着いて、トゥットゥに着物を着てくれたこと、おとなしく儀式を受けることができたことを改めて褒めた。そして今一度七五三と言う行事はどうだったか感想を聞いた。
「あのね、トゥットゥはやっぱりおようふくがよかったのね。」
やっぱりという副詞の使い方、合ってます(笑)