「クリスマス、クリスマスがこわい〜!だっこして〜!」
トゥットゥが身を震わせて叫んだのだ。クリスマスが怖い? 家の中にはクリスマスのものはまだ何も飾られていなかった。唯一マンションロビーにあったのが、12月1日から飾られた大きなクリスマスツリーだ。昨晩も保育園帰りに無邪気に
「きれいだねぇ」
「(雪の結晶のオーナメントが)『ありのままの(アナと雪の女王)』だねぇ」
なんて言っていたのに。怖い夢でも見たのだろうか。
「入口のクリスマスツリーが怖いの?」
と聞いても、「抱っこして!」を繰り返すだけでちっとも要領を得ない。あまりに怖がるものだから、仕方なくその日は抱っこをしてマンションの共同玄関を出た。
その日以降、クリスマスへの反応は一向に変わらなかった。朝は家の玄関で「クリスマスが怖い。」と言って声を震わせ、保育園の帰りはマンションが近づくと「クリスマスが怖いから帰りたくない。」と泣き始めた。一体なんなんだ!? マンションロビーのクリスマスツリーを怖がっているようだが、何度聞いても、それの何が怖いのがわからなかった。
そして保育園の図書コーナーに大きなクリスマスが登場した12月7日(月)、予想通りというか、朝その姿を確認するや否やトゥットゥはあとずさった。
「おかあさん、だっこして!」
すでに顔は泣きそうになっていた。仕方なくだっこでクリスマスツリー脇を駆け抜けた。
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私は保育園の連絡帳にそのことを書いた。先生の返答は、トゥットゥはお友達と一緒の時は保育園のツリーは怖がらないこと、話をして探っているとクリスマスツリーには怪獣がいるとのことだった。
怪獣か。家では恐怖の対象として鬼とおばけは教えたことがあるが、怪獣はない。テレビも見せたことがない。しかし彼女は家では男の子の影響からか、ウルトラマンや仮面ライダーや戦隊モノの話をするようになった。怪獣を知ったことは十分にありえる。それに10月頃、雨が降ってぬかるんだ園庭に多くの足跡が残っているのを見たとき怖いと泣いたことがあった。彼女は想像力があらぬ方向に飛ぶのだ。きっとクリスマスツリーのシルエットが怪獣に見えたのではないか。
家でツリーと怪獣について話を総合してトゥットゥにもう一度クリスマスの話を試みた。しかしどうも連絡帳に書かれている内容と感触が違う。 怪獣はあまり関係ないようだ。その後も粘り強く話を聞き、様子を見てみると、ある特定のものが怖いことがわかった。
大きなクリスマスツリーの大きな球体オーナメントだ。
保育園や自宅の小さなクリスマスツリーにおそるおそる近づいては、小さな球体のオーナメントを触っては
「小さいものは可愛いねー。」
とわざわざ小ささを強調するのだった。もちろん大きなクリスマスツリーには大きな球体のオーナメントがあるので近づくこともしない。それについて話そうともしない。キラキラのオーナメントに映り込む姿が怪獣にでも見えたのだろうか。結局はなぞのままだ。
ただトゥットゥはちゃっかりしていて、「クリスマスが怖い。抱っこ!」と言うと抱っこをしてもらえる味をしめてしまい、家族で外出するたびにジェイジェイにそう言っては抱っこをしてもらった。ジェイジェイには
「抱っこしてほしいだけじゃないの?」
の苦笑いで突っ込まれていたが、その度に「えへッ」とペコちゃんのような表情をして目を逸らした。
私は妊娠4ヶ月に入り、そろそろ体重が15Kg近くあるトゥットゥの抱っこもつらくなってきたので、マンションと保育園の大きなクリスマスツリーの側を通るときに「抱っこ!」と言っても要望を受け付けることができなくなった。そこで一計を案じた。
「忍者歩きをしよう。お母さんの後ろに隠れながら、見つからないように歩いて!」
今、保育園で男の子たちの間で流行っている戦隊モノが忍者をモチーフにした「手裏剣戦隊ニンニンジャー」なのである。トゥットゥには番組は見せたことはないが、男の子たちの会話から想像するのか「忍者」の話が出るのであった。そこで忍者を提案したところ、ドンピシャ。彼女は張り切って忍者になった。
育児とは工夫である。
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もう一つ恐怖のクリスマスといえば、今年は我が家には「黒いサンタ」が登場したことだ。クネヒト・ループレヒト。ドイツ地方のサンタだ。赤いサンタの従者で、悪い子はおしおきとばかりに、袋に入れて、まさに袋叩きにしてしまったり、連れ去られてしまうというものだ。
トゥットゥはYouTubeの玩具チャンネルの影響から、クリスマスプレゼントに「メルちゃんの救急車
「サンタさんがプレゼント持ってきてくれないよ。」
去年はまだまだ言葉を話すには程遠く、そういうこともなかったので、こういった脅し文句もなかったのだが、今年はどこの家庭もやっているであろうセリフが登場した。ところがしばらくするとトゥットゥにはこのセリフが通じなくなったのだ。
「いいよー。プレゼントいらないもん。」
などと生意気を言って話にならない。とうとう私は「黒いサンタ」の話をした。
「悪い子はサンタさんがプレゼントくれないだけじゃなくって、さらっていくんだよ。」
トゥットゥは即座に我が家でよく話す鬼とおばけを想像したようだ。彼女は身震いをした。効果があるようだった。そしてジェイジェイに至ってはさらに話を拡張した。
「サンタは鬼の親分で、子分の鬼を引き連れている。だから悪い子はこの鬼に食べられる!」
想像力豊かなトゥットゥにとって、「サンタ」というキーワードは恐怖以外の何ものでもなくなった。「サンタ」と言うたびに顔色がさっと変わった。それだけではない。保育園でもこの恐怖のサンタを語ったようで、保育園の先生にまで心配をされた。
ジェイジェイの言うことはまんざら嘘でもなかったようで、今年私はクランプスというクリスマスの鬼を知った。ほとんど秋田のなまはげである。あのトゥットゥの怯え様を見るに、この画像など見せてはせっかくのクリスマスが台無しになる。そこは親として教えないでおこうと自制した。
結局、クリスマスプレゼントは無事24日朝にトゥットゥの枕元に置かれた。欲しいものが手に入ると、人間というものは現金なもので、それ以降、彼女に「サンタ」と言っても怖がることもなくなった。
来年は覚えているだろうか。恐怖のクリスマスのことを。今から来年が楽しみである。