トゥットゥはサチ母とはお正月に会っているので再会慣れした様子であったが、それを羨ましく思ったのか、デコ母が話を振った。
「空港の歩く歩道で危ないから手をつなごうとしたら、『おばあちゃんはあっち!』なんて言うんです。他にも保育園からの帰ってきて玄関で出迎えてコートを脱がせようとしたら、『お母さんがいい。』って言うんです。ショックを受けましたよ。」
サチ母は笑いながら、
「あら、私なんてしょっちゅうですよ。」
と言った。確かにサチ母は最近でも手をつなごうとすると「お父さん抱っこ!」なんて言われてたものなあ。ごめんなさい。二人のおばあちゃんたち。サチ母もデコ母も最後にこう言った。
「どんなことがあっても、最後はお母さんなのよ。」
そうは言っても、トゥットゥに小言を言うのは私の役目で、彼女からはその度に
「おかあさん、きらい。」
「トゥットゥはおそとにいく。」
などと拒絶をされるので、それに比べればいつも可愛がってくれるお父さんやおばあちゃんのほうが歓待されているようにも見受けられるのだが、そんなものなのだろうか。
トゥットゥは自分のことを話されれているとはつゆ知らず、二人のおばあちゃんに囲まれて幸せそうだった。ようやくトゥットゥもデコ母の存在に慣れてきた(日常になってきた)のに、もう帰るというのだから、私も残念であった。
空港での見送りは追ってやってきたヤマナちゃんに任せ、デコ母を玄関で見送った。家はトゥットゥ、私、ジェイジェイ、サチ母だけになった。とたんに寂しくなった。
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帰省一週間は実家で上げ膳据え膳でお世話になりっぱなし、帰ってからの一週間はリハビリよろしく朝食夕食の準備をしてもらい、もとの生活に戻れるかが心配であった。その上、今週から予定どおりジェイジェイによるトゥットゥ保育園登園同伴プロジェクトを始めることになった。
トゥットゥの歩きによる保育園の通いが12月に始まり、お腹に二人目もいることからそろそろ登園・降園の負担がきつくなってきたのだった。せめて朝送っていってもらえれば、私の身体的な負担が減る。ジェイジェイは快諾してくれた。
しかし私が送りの場合、「すいませーん、保育園の送りで遅刻しちゃいました。てへっ」的なお母さん特権といおうか、そういうことが許される職場の雰囲気があるのだが(もちろんシビアに遅刻はカウントされる)、ジェイジェイはそれは許されまい。そのあたりがまだ社会的男女差があるところなのだろうと思う。だからいつもよりトゥットゥを早く送り出さなければならなかった。
7時28分には玄関を出る。そのためには今まで22時過ぎ就寝でも容認していたところ(ひどい時は23時就寝ということもあった)を、21時半就寝を目標とした。そうするととたんに帰宅後19時前からが仕事のようにタスク化した。
18:50 帰宅
18:50−19:00 ちょっとおやつを食べる
19:00−19:30 動画を見る(その間私は夕食を作る)
19:30−20:50 お風呂に入る、 保湿、着替え、髪を乾かす/ご飯を食べる/少し遊ぶ
20:50−21:10 便秘薬入りジュースを飲む、歯磨きする
21:10−21:30 寝室で一緒に遊ぶ
21:30 寝落ち(私も一緒に寝る)
これをトゥットゥにこなさせるために、家に帰っても仕事しているみたい…。ジェイジェイもなるべく早く帰るように心がけてくれて、いろいろ補助をしてくれることになった。
ジェイジェイ登園デビュー。初日と二日目(25日(月)、26日(火))は私も同伴した。三人での登園。園についてからの段取りを教える。そして三日目(27日(水))。とうとうジェイジェイとトゥットゥの二人だけの登園の日。心配でいてもたってもいられなくなり、会社に着くなりジェイジェイに連絡した。どうやら特段問題は起きなかったらしい。なんとかなりそうだと思った。
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トゥットゥとジェイジェイとの二人だけの登園四日目(28日(木))。ジェイジェイもいつもどおり早起きして、トゥットゥを起こし、着替えさせ、一緒に食卓についた。しかしトゥットゥは一向に食べようとしない。そのうちジェイジェイは食べ終り、トイレへ。食卓にはトゥットゥだけとなった。
「食べないのー?」
私は早く出るジェイジェイのお弁当を詰めながらトゥットゥに声をかけた。彼女はちっとも食べようとせず、食卓に置きっぱなしになった本の話をし始めた。
「おかあさん、このほんはね…。」
私はしばらく彼女の話に付き合っていたが、埒が明かないと思い、タイミングを見計らって、
「トゥットゥ、ご飯の時にご本は関係ないから本は片付けるね。」
と言って本を片付けた。彼女は「あ!」という表情をして、とたんに黙り込んでしまった。私はわかっている。彼女は食卓に一人ぼっちになってしまい、目の前の私の気を引こうと本の話をしたことを。そしてその張本人がきっかけを奪ってしまったことにへそを曲げたことを。
ただ彼女が出発する時刻は迫っていた。あと5分。しかし何も食べていない。私は急いでお弁当を準備し終えて、彼女の隣に座った。私が隣に座って食べさせれば満足するだろうと思った。箸でご飯を口に運んだ。口をへの字の結んだままだ。そして大きく叫んだ。
「トゥットゥはたべない!」
「ごはんはもういいよ。じゃあ大好きなリンゴ食べよう。」
「トゥットゥはたべない!」
「食べないとお腹空いてみんなと遊べないよ。」
「トゥットゥはたべない!」
そんな押し問答で5分。トゥットゥは涙で顔がくしゃくしゃだった。出発準備が整ったジェイジェイが心配そうに待っている。彼もトゥットゥを宥めようとしたが、ひたすら「食べない。」を繰り返すだけで、聞く耳は持たなかった。
少し遅れてもいいから私がご飯を食べさせて送っていこうか。いや、今日は夕方サチ母が来る日で、これからの20分で片付けや掃除をしておきたいのだ。ジェイジェイにはその勝手がわかるまい。やはりここで送っていってもらわなければ!(この思考の間、0.5秒)
私はラップに包んだりんごと、サブレクッキーを持たせて、二人を送り出した。トゥットゥは出かける時も大泣きしていた。
会社についてすぐにジェイジェイに連絡を入れた。もちろん道中はご機嫌ななめで前半ジェイジェイ抱っこ。そして保育園についたらりんごを食べて、少し気分が持ち直したとのことだった。
「ごはんはトゥットゥは食べないの。お母さんが食べるの。」
ジェイジェイ曰く、トゥットゥは保育園に行く途中ずっと言っていて意味がわからなかったとのことだった。私はすぐにピンときた。
彼女は私と一緒にご飯を食べたかったのだ。前もそんなことがあったではないか。私が家事でばたばたしていて、放っておかれる感じがたまらなく嫌なのだ。ごはんはお母さんと一緒。やっぱりお母さんといっしょ。愛されているんだなあ。