ジェイジェイに相談すると
「そういうのは発達障害を発見するためのものだから、正直に答えないとだめだ。」
と言われた。そう、発達障害は発見が早ければ、いわゆる「社会の普通」と折り合いをつけるための訓練が早く受けられて、本人や家族にとって結果的に苦労が軽減されると思っている。トゥットゥは丸は描けない。私は「いいえ」に丸をつけた。
デコ母によると、私は一歳半で人の顔を描いたらしい。なぜデコ母がそんなことを覚えているかというと、初めての子が絵を描いたというあまりの嬉しさに、おばあちゃん(デコ母の母)に郵送したのだという。デコ母の喜びが想像ができる。
人の顔というと、まず丸を描けないと描けないわけだし、目、鼻、口、耳、髪の毛、これらを形として認識しないといけない。今思えば、認知の面でも、それを 表現する技術の面からも、かなり高度なことのだろう。
私の子なのだから当然絵は早く絵を描けると思った。たまにではあるが、トゥットゥが1歳半頃から一緒に画用紙に向かってお絵描きをした。描いてと言われるものを描いた。自分でいうのもなんだが、私は一度見たキャラクター絵などの再現率は高く、いわゆるうまい部類に入る。そっくりな絵にトゥットゥは喜んだ。そして私は折を見て人の顔の書き方を教えた。しかし彼女の描く絵は単色のストロークばかりだった。
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その日は突然やってきた。忘れもしない2月16日。保育園から持ち帰るお絵描きの絵は相変わらず黒のストロークだった。しかしお絵描きが面白いようで、この日、帰ってからも家でもぐちゃぐちゃと書いた。ところが描きながらトゥットゥは呟いた。
「おかあさんのスカートにはポケットがある。これはポケット。」
はああ、スカートにポケットを描こうとしているのか。どうせぐちゃぐちゃと描いているのだろう。彼女の手元を覗き込んだ。
「!」
瓢箪のような形。上部に丸い目が二つ、丸い鼻が一つ。線の口。明らかに人の顔である。瓢箪の丸い黒い囲み。これがどうやらポケットらしい。そしてフィニッシュに手を二本描いた。どうした。なぜいきなり丸を飛び越えて、人の顔、人の身体を描いたのだ!?
三歳児健診の問診表の「いいえ」に二重線をつけて、「はい」に丸を付け直した。人の成長の順当さを見直した。
三歳児健診当日。会場に着くとかつて0歳児クラスで一緒だった子たちとの再会。トゥットゥはよく会う例のバズ被りのR君以外は思い出せないようだったが、皆大きくなっていても面影が残っている姿を見てうれしくなった。再会したお母さんたちは一様に
「トゥットゥちゃん痩せたねー。」
ええ、当時は成長曲線ぶっちぎりのデブでしたから。しかし今回も体重、身長を成長曲線に乗せると、双方成長曲線平均範囲内ではあるものの、体重は重め、身長は普通であることから、おばあちゃん小児科医から「もうちょっと痩せたほうがいいかもね。」と言われた。ここでやや重めのままいくと将来肥満になる可能性が高いのだろう。気をつけねば。
保健師との発達面の面談も歯科検診も問題なく、最後の小児科医面談で何か気になることはないかと言われ、便秘のことを相談した。特に下剤の辞め時だった。いつも行く小児科医の3分程度の問診ではゆっくり話もできないと感じていた。この場では経緯、飲んできた薬、今まで打ってきた対応策が徒労に終わっていることまで全部聞いてもらった。毎日登園・降園で2km近く歩いているのにまだ下剤が手放せない。
すると、おばあちゃん小児科医は母子手帳のデータとトゥットゥの身体を交互に見た。トゥットゥの発育のよさ(少し太め)のことを判断に考慮したようだった。
「それはもうその子の持った腸内環境よね。仕方ない。もう少し足腰が丈夫になって、たくさん身体を動かせるようになって、排泄がうまくなったら、自然とできるようになるのを待つしかない。通っている小児科医の見立てで正しいわ。」
そうか。セカンドオピニオンでもそういう判断かと思うと少し安心した。確かに今通っている小児科は問診時間は少ないが、これまで薬を処方してもらう3ヶ月に1回程度は経過を説明している。それで総合的に判断してもらっているのだ。信用しないでどうする。
「これからお母さん(私)は、第二子の子育てでてんてこまいになるでしょうから、この子(トゥットゥ)の便秘は目をつぶってもいいわ。そもそも飲んでいる薬(ラキソベロン)、妊婦でもOKというくらいだから、そんなに強いものでもない。気長にね。」
話を聞いてもらうだけでこんなに気持ちが楽になるのかと驚いた。
★
無事三歳児健診が終った。時間はすでに15時過ぎ。この日は大雨が降っていて、行きはタクシーを呼んだ。帰りはR君と一緒にバスで帰った。大雨の上に寒い日で、天気がよければお茶でも誘おうとおもったが、早く家に帰りたいだろうなと気を遣って別れた。
家に着いて鍵を取り出そうとしたところ、どこを探しても鍵が見当たらない。いつも鍵を入れるリュックのポケットにあるはずだが…。リュックのポケットが空いていて、背負ったり、手で持ったり、置いたりする動作の中で、健診会場に落としたに違いない。すぐに会場に電話をかけた。落し物は届いていないとのことだった。
では行きのタクシーの中で落としたか。雨の中、マンションの入り口まで乗り付けてくれたものの、傘を差した自分が、同じく傘を差したトゥットゥをタクシーに乗り込ませるのに動作がもたついたことを思い出した。この時落としたのかもしれない。ただタクシー連絡先カは家の中に置いてきてしまった。今、タクシー会社に連絡は取れない。
どの道、タクシーにあったとしても今鍵が戻ってくるわけではない。腹をくくってジェイジェイが帰るまで待つことにした。まずはジェイジェイになるべく早く帰ってきてもらうようにメールを入れた。この間20分くらい。トゥットゥは心配そうに私を見ていたが、私が鍵をなくしたようだと説明すると、
「しかたないじゃない。」
と言った。どこか、この非常事態を楽しんでいそうな、達観したような表情が私を和ませてくれた。しかしはたしてどこまでわかってくれていたのか。
さて、待合ロビーのあるような高級マンションではないため、ジェイジェイが帰ってくるまでどこかで時間をつぶさなければならない。恥を忍んでR君のお母さんにメールをした。しばらく連絡がつかなかったため、近所のキッズスペースのあるイタリアンでトゥットゥとお茶をすることにした。
トゥットゥは大好きなキッズスペースに行けるとあって大はしゃぎだったのだが、カフェタイムは閉まっていて遊べなかった。とても残念そうだった。子供メニューのリンゴジュース150円というのがあるのだが、雨と風で身体が冷えたので、チョコレート好きなトゥットゥにはココアを頼んだ。しっかりホイップされた生クリームが付いていて子供にしては高級メニューだ。それに私用のカフェラテ、そしてティラミス。締めて1700円。鍵忘れにしては高くついたものだ。トゥットゥがいい子にしていたせいか、お店の人が気を効かせてくれて、キッズスペースオープンしてくれた。Rくんの家と連絡がとれるまでトゥットゥは存分に遊ぶことができた。
「ごめーん、お腹が空きすぎて、蒸しパン作りに熱中してたわ!」
R君のお母さんから電話がかかってきた。ディナータイムの始まるイタリアンを出て17時半ごろお邪魔した。トゥットゥは大好きなR君と一緒に、R君の玩具で遊び放題だ。こどもチャレンジの教材、イケアのおままごとセット、トミカ、プラレール。トゥットゥにとっては夢のような時間だった。そして夕飯のカレーまでご馳走になった。
R君のお母さんによると、バスの中で同じように私たちをお茶に誘おうか誘うまいか迷い、寒い雨の中、迷惑がかかるからと諦めたそうだった。お互いに気を遣っていたわけである。結局このような形でお邪魔することになろうとは。運命とは数奇なものである。って大げさか。結局、鍵はタクシーで見つかり後日郵送してもらうことになった。
いろいろと忙しい日、思い出に残る日となった。