2016年4月9日土曜日

中国人の知り合い

私は中国語は愚か、英語だって話せないドメスティックな人間なので中国人の知り合いはいない。中国人の接点といえば、街中で爆買に日本にやってくる彼らとすれ違っては、「こいつら節操ないな。私のメリーズ(トゥットゥのおむつ)を返せ。」と心で悪態をつくのがせいぜいだ。Amazon定期便でメリーズを頼んでいるにもかかわらず、「入荷できませんでした」とメール通知がくることが多いからだ。逆恨みかもしれないのだが。

そんな私が26週の妊婦健診(3/10)にて待合室で待っているときのことだった。マスクをかけたある女性が私の顔を見るなり親しげに話しかけてきた。

「ああ、どしたの? 久しぶりね。ここにいる、てことは妊娠? わたしも妊娠よ。いつ、しゅさん予定日?」

ここまで一気に話しかけられた。誰だ? この女性は誰だ? あまりの距離の詰め方に、相手を思い出せない私が非礼をしているのではなかろうかという錯覚に陥った。もうしばらく話を続けてみよう。それで思い出せないようなら、「失礼ですが、どちら様ですか。」と聞いてみよう。

「こんにちは。出産予定日は6月16日です。」
「ああ、わたし、しゅさん予定日、6月17日、近いね! でもわたし一人目、帝王せかいで産んでいる。だから6月初めに帝王せかい予定ね。あなたは一人目の子は自然(分娩)だった?」

一人目の子? ということは私が経産婦だということ、もしくはトゥットゥのことを知っている? 誰だ…。まだわからない。

「はい、おかげさまで一人目は自然でした。」
「だたら大丈夫。次も自然ね。」

一連の会話を聞いて、会話はよどみなく進んでいくが、発音が独特であることに気がついた。促音便(小さな「つ」)がつまるのだ。ユキちゃんに言わせるとドラマ「ナオミとカナコ」に出てくる高畑淳子演じる中国人女社長(笑)。この人は中国人か。そんなことを考えていると、彼女はさらに会話を続けた。

「うちの子はもう赤ちゃん返りはじまているよ。保育園の先生にそう言われたね。」

保育園?保育園、保育園!

「あー、八百屋のおかみさん!」

彼女は保育園通園途中にある八百屋の従業員で、保育園返りの夕方、たまに買い物をすることがあったのだ。その時、何回か話しかけてもらい、トゥットゥよりも2歳上のお兄ちゃんがいることも思い出した。




私の住む区は分娩施設が少ないらしい。トゥットゥの時、お世話になったお産を扱わない産婦人科クリニックで紹介状を書いてもらうときにそう言われた。その上、保育園のお母さんの噂話によると、ただでさえ少ない分娩施設の一つが、去年の夏にお産の扱いを取りやめたという。なんでも出産に関わる事故があったとか。

話をしてくれた人自身、10年以上も前、一人目をそこで帝王切開で産んだらしいが、二人目を別の医院で産んだ際、そこの医師が「癒着がひどいよ。前の手術、下手!」と叫んだと言う。くだんの病院は手術当時、跡取り娘の婿さんに医師資格を持った人を迎え、産婦人科に転科させたばかりだったという。私はその事実よりも、そんな詳細な話まで知っている下町という気風に、ここは、他人に無関心なクールな大都会・東京ではなく、東京ローカルなのだと改めて思った。

そんな具合であるからして、ここ下町では、数少ない産科に集まってきた、同じ区在住の顔見知りの女性にばったり会うことも十分想定できることなのである。

さて、話しかけてきてくれた中国人女性はMさんと言う。Mさん個人がこんなに人懐っこいのか、それとも中国人という国民性がぐいぐいくるものなのか、わからなかった。少しネットで調べると国民性のようである我々日本人がシャイなのである。Mさんにも聞いてみた。

「わたし、日本きて6年。日本語覚えたくて、たくさん話しかけたね。」

心の底から立派だと思った。




Mさんと産科の待合室で再開したちょうどその頃、私は中国残留日本人孤児の数奇な運命を描いたNHKドラマ「大地の子」にはまっていた。去年の11月にNHKBSで一挙11話放送されたものを録画しておいて、それを見始めたのだった。私は山崎豊子作品の話題作(例えば「沈まぬ太陽」「白い巨塔」など)は本で読んでいるのだが、これだけはまずはドラマで見ようと決めていた。平成7年に放映された21年前のドラマで、当時から「神ドラマ」の呼び声高かった。大抵、本を先に読むと自分の都合よいイメージが固まってしまい、ドラマにケチを付け始めるのは目に見えていた。そうならないためにわざわざ楽しみを、図らずも20年近くもとっておいたことになる。

日本鬼子と蔑まれた中国残留日本人孤児を引き取って愛情を注ぐ中国人夫婦とその愛に応えようとする主人公、そして死んだと思われた息子を探す日本人の父親を軸に、広大な中国の地で、まさに北に東に西へ南へと場所を変え、文化大革命など時代に翻弄されながらうねるように進んでいく物語。現在日本に押し寄せる中国人観光客がどうだの、反日デモがどうだの、そんな私たちが日常的にメディアから受け取る印象はとりあえず傍に置いておけるくらい、「大地の子」というタイトルどおり、とにかく懐の大きな中国を見ることができた。

ドラマ「大地の子」を見始めて、一気に中国熱が再燃した。そもそも中学生時代、初めて大人抜きで見に行った映画は「ラストエンペラー」であるし、大学時代は、わざわざ別の学科の唐詩三百首の授業を取り、三国志や封神演義を読み耽ったりした。漫画家は皇なつきさんが好きだった。社会人になっても神獣を模った青銅器や白川静の漢字の世界が好きだったりするわけだから、例え私のメリーズを奪ったとしても、これら文化を生み出した中国にリスペクトしているのは確かなのである。

ドラマ「大地の子」はほぼ全編(80%)中国語である。洋画を見るとなんとなく断片的に意味が入ってくる英語と違い、中国語はまったくわからなかった。ただの音でしかなかった。私は少しでも音から中国という世界に没頭したいと思った。2007年から2年間だけ独学でフランス語をかじったことがあるが、中学校3年生の英語レベルには行ったと自負している。なんといっても音が聞こえるようになったのが嬉しかった。これと同じように中国語を勉強したいと思った。

そんな中、日本語の上手なMさんに話しかけられた。私は彼女と中国語で話してみたいと思った。トゥットゥの子育てをしていて、自分のために時間を使いたいと強く思った出会いとなった。そして今、Eテレの中国語講座を進めている。