私は神社や寺が好きなのだが、大学で上京してからというもの、自分の住むエリアの氏神がどこにあるのがわからないままでいることが多かった。というのも散策も好きで、必ずといっていいほど少なくとも家から3㎞圏内は隈なく歩くのだが、そこで複数の神社を見つけるのだ。しかし自分の家からはどこも同じくらいの距離。結局氏神がわからない…。
ジェイジェイと結婚して落ち着いた下町でもそうだった。2013年4月に引越してくると5月に早速家の前を神輿が通った。A神社のお祭りということがわかった。少し遠いがA神社に引っ越しの挨拶に出かけた。それでよいと思っていた。ところが8月の末にも家の前を神輿が通った。別のB神社のものである。はてと思って、地元の整骨院の先生に施術ついでに聞いてみると、私のエリアはB神社が氏神であることがわかった。その証拠にマンション半径100M以内に町会寄合所が3つあるのである。1丁目本町会、1丁目連合町会、2丁目東町会。2丁目に至っては丁が違う。本町会だけがA神社の氏子だった。それは戦前の区割りに関係あるらしかった。東京、難しい!と思った瞬間である。
さて、新居。ジェイジェイが言った。
「入居前のお祓いとかしなくていいの?」
地鎮祭は知っていたが、それは建てる前であって、私たちのように建売を買う場合はそれがかなわない。よって土地の神様にはこちらから出向いて挨拶には行くものの、神様を招くことは特別しないのだろうなと思っていた。しかしジェイジェイが示してくれたWebサイトを見ると、普請に携わった人の念をクリアにするために入居前にお祓いをするとある。神社好きな自分としては「やったほうがいい」と判断した。
となると氏神様はどこかという話である。以前、地元のママ友に誘われてトゥットゥとA神社の祭りの山車引きに参加したことがある。実は新居は現在の住居と近接している隣の3丁目であり、この3丁目ではA神社の神輿が出ていることを知っていた。よって新居はA神社の氏子エリアである。迷うはずがない。
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ところが事態は一転した。私がその地域の研究者のブログを読んでいた時のことである。私は常々新居の前の道路が蛇行しているのか気になっていた。他は概ね碁盤目なのにである。このブログによるとこの蛇行は水路の跡だと言う。そして〇〇村と△△村の境目であったと。この境目により私たちは△△村の住民ということになる。しかし戦前、鉄道の線路が通ったことで線路を挟んだ向こう側とこちら側で行政の丁目の境ができてしまったのだそうだ。リアル・ブラタモリ!
となると、だいたい氏神様がどうだ、という話は江戸時代に遡るはず。すると考えられることは〇〇村はA神社、△△村はC神社。現在の行政エリアは関係ないはずだ。私は何かヒントがないかと思って新居のあたりを歩いて探った。確かに新居の近所はC神社のお札を玄関に張り付けているところが多かった。そして新居の裏手ではあるが、同じブロックに△△町会の寄り合い場所を見つけた。ビンゴ。本来であれば線路の向こう側の町会であるが、ごく近所にあったのである。私の新居はC神社の氏子エリアだと確信した。
私はC神社にお祓いのお願いの電話をかけた。ところが帰ってきた返答は意外なものであった。
「新居の住居は確認できました。△△町会もC神社の氏子です。ですがジャッキー様の新居が△△町会かはこちらでは判断しかねます。どうか地元の人、そこで商売をやっている方などに新居が△△町会か確認していただけますでしょうか。」
なにー!神社でもわからないということがあるのか。これでは仮に神社庁に問い合わせてもわからないのではないか。私はどこに聞こうか思案していたところ、A神社のお祭りにも誘ってくれたお母さん友達、生まれも育ちもこのエリアであることに気が付いた。彼女に聞いてみることにした。
「えー。新居って3丁目でしょ。だったらA神社だよ。みんなあそこはA神社のはずだよ。…でも一応、父親に聞いてみるわ。」
彼女の父親は別の町会の世話役をしている地域の重鎮なのである。そして帰ってきた返答。
「3丁目でもあの蛇行した道を境に△△町会なんだってね。だからC神社だって。うちの父親、地図広げて確認してくれてたもの。私も知らなかったわー。」
そうこうしているとC神社から電話があった。
「ちょうど△△町会の会長さんがいらして、聞いてみたんですよ。そしたらジャッキー様の新居は△△町会のエリアだそうです。ですからC神社の氏子ということになります。お清めに伺わせていただきます。」
パズルのピースがカチカチとはまった瞬間であった。
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神社にお清め(お祓い)の説明を聞きに行った。土日がよいというと、3月4日(日)の大安の日を設定してくれた。参加する人を全員申請し、準備するものを聞いた。
・野菜(根、実バランスよく)
・果物(旬のもの)
・鯛 もしくは 乾物(昆布、するめ、鰹節 できれば全て、なければ一部)
・お酒(一升瓶)
・お水
・初穂料(3万円)
野菜は短めの大根、ピーマン、ナス、トマト、じゃがいも。果物はりんご、バナナ、せとか(ミカン)。地元のスーパーで買いそろえた。鯛はその後の調理が難しかったので、百貨店で高級な乾物を買ってきた。お酒は酒屋に行ってお清めに使いたいと言うと、お酒を飲まれないのであれば調理酒でも使えるランクのお酒のほうがよいでしょうと勧められたものを購入した。
当日、着物姿(白い礼服)の二人の神職の方がやってきて、祭壇を組んだ。神様の依り代となる木が運ばれた。私が用意したお供えものをセットした。全ての準備が整うと玄関外に出た。神職の方々は靴を履き替えて玄関扉を開けるところからお清めはスタート。祝詞を上げおわると私たち家族は一人一人榊を奉納した。子どもたちは親に手を取られて見様見真似でやった。そしてお神酒を振舞われて大人の私たちは飲んだ。子供たちも口をつける真似をした。そして各階の部屋のお祓い。お風呂、トイレまできっちりと。
全てが終わると、神職は祭壇を片付けて、お供えものをお下がりとしてもらった。お酒は家の四方に少しだけ撒くように言われた。最後に年配の神職の方が言った。
「『背くらべ』という歌があるでしょう。柱の傷は一昨年の~♪というやつです。ぜひ子供たちの背比べをして家に痕をつけていってください。そうして我が家にしていってください。」
傷をつけるなんて!と最初反射的に思ったのだが、家に目に見える思い出を残すという意味なのだろう。道具や家具はいずれは捨てられる。しかし家という入れ物は建て壊される最後まで残る。家と家族のつながりの証として。そう思うと傷も悪くないなと思った。
「はい、子供たちの『背くらべ』します。」
土地の神様に受け入れてもらった。新しい家の始まりである。