そう聞いてすぐに、ははあ、これは配役に揉めそうだな…と思った。なんといってもディズニープリンセスでもあるお姫様が出るのである。トゥットゥに前のめりで
「お姫様は一人なの?それとも複数いるの?」
と聞いた。昨今流行りの(問題になっている?)、複数人で主役をやり、場面で分ける、もしくはセリフを分けるという方法をとったのか知りたかったのだ。私は、やりたい子たちが立候補しただけズラズラと並んで締まりのない舞台をやるのであれば、教育もくそもないよなと思っている。やりたいことがやれるとは限らない、どう調整するのか。このプロセスも教育の一環だと思っているからだ。
「二人だよ」
さすがトゥットゥの保育園である。セリフが多いため負担を減らすためだけのダブルキャスト、二人以上は不要という判断。そして園児たちに自主的に決めさせる方針であるのはすでに知っているから、子供たちがそれなりに揉めたのは想像できた。これでこそ教育の機会!
トゥットゥによるとまず白雪姫の選出が行われたらしい。9人中6人が立候補。その中には彼女は含まれない。これは容易に想像できた。彼女はお姫様に憧れるような女子ではない。ここでじゃんけんが行われ、2名が選出されたそうだ。
「で、トゥットゥは何をやるの?」
「へへー。こびとだよー。すぐに手あげちゃった。でも3人しかいないんだよねー。7人の小人なのに。」
…さすが我が娘、渋いところを突いてきたな。この時は素直に自分の意思を通せてよかったなと思った。
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今トゥットゥはタブレット教材のRISU算数に取り組んでいる。繰り上がりの足し算が出始めていた。お風呂にも公文の足し算表が張ってあって、最終的には1から10までの足し算の結果を覚えれば御の字なのだが、概念として足し算とは何かを理解していないと論理的思考は身に付かないので、理解と覚えることを並行で行っている最中だ。
つい先日、お風呂に入っている時に9+9の問題を出した。トゥットゥは必死に9に9を足そうと指を折っている。もちろん答えは「18ね。覚えて!」と言うこともできる。ただそれだけでは惜しく、あることを閃いた。
「ねぇ、トゥットゥ、10+10はいくつ?」
「…20だよ」
これはすぐ答えられる。
「ねぇ、9は10よりもいくつ小さい?」
「? …1かな」
不思議そうな表情をして答えた。
「そう1小さい。10+10は10が2個並ぶイメージだよね。
じゃあ9+9は? 10より1小さい数が2個並ぶイメージ。」
私は両手で10本の指を2回、9本の指を2回、胸の前に出した。
「10より1小さい数が2個、つまり9と9は10と10に比べて、1と1足りない!」
トゥットゥはもうすでにこの段階で話についていけなくなったようだ。下を見ながらお湯で遊び始めた。私は続けた。
「10+10の答え20から1と1を引いてみて。」
やはり反応がない。無理に話を進めても仕方ない。
「わかった。この話はやめよう。」
と明るく打ち切ったつもりだった。ところがである。彼女は必至の形相で食らいついてきた。
「いやだ!やりたい!!」
さっきまで興味のない素振りだったくせに。すぐにわかった。私に愛想をつかされたと思ったのだ。
トゥットゥは、よくピアノの練習で何度言っても同じ間違えを繰り返すことがある。最初は根気強く付き合うが、注意散漫なため間違える。その度に私は「集中力が切れたね。もうやめようか」と言う。見捨てられたと思うのか、涙を流しながら「やりたい」と訴えてくるのだ。これは別にピアノをやりたいという熱意ではなく、私をつなぎ留めたいだけだと思っている。今回もそうだと思った。
私は言った。
「もし興味があるなら、わからなくてもお母さんの話を一生懸命聞いているはずだ。でもトゥットゥは途中から下を向いて興味なさそうなそぶりを見せた。だからお母さんは話をやめた。本当にやりたいなら、途中からわからなくなっても、何がわからないのか考えながら聞き続けなければならない。トゥットゥはチャンスを逃したんだ。それにそもそもお母さんに合わせて無理に聞く必要はないんだよ。自分がどうしたいのかよく考えてみて。」
厳しいようだが突き放した。彼女はしばらく泣いていた。
★
これも先日。ゴッシュとのテレビのチャンネル争いに端を発する。ゴッシュはすでに自分の見たい番組を1回見たため、トゥットゥの意見が通るはずだった。ところがガンとしてゴッシュが譲らない。トゥットゥはピアノの練習が終わった直後で、気持ちよく褒められて終わった回ではなかったせいか、気持ちが少しささくれていたようにも思えた。
私が
「ピアノ終わったんだから、好きな番組みていいよ。ほら、チャンネル変えてあげるから。」
と言っても、トゥットゥはしばらく無言で考え込んでいた。ゴッシュの騒ぎ立てる声だけが響く。
「もう少しピアノの練習するから、ゴッシュ君、テレビ見ていいよ」
彼女は再び練習を始めた。そしてしばらく弾いたものの手を止めて一言。
「トゥットゥはもうテレビは見ない。テレビはお父さんとお母さんとゴッシュ君だけが見られるものだから。」
拗ねている。いろいろ気持ちがかみ合わなかったのだろう。それはわかった。しかし…
「本当にテレビを見たいのなら、お母さんが『見ていいよ』と言ったときに『じゃあ』と来なければだめだよ。チャンスは自分でつかまないとね。」
私はきちんと彼女に向かい合って目を見ていった。
「チャンスは一回きりなんだ。これを逃すともうないんだ。自分で逃したのに後からぐじぐじ不平を言うのはよくないよ。」
テレビを見るという小さなことだが、チャンスをつかむ意味がわかったろうか。トゥットゥは優しくて押しが弱いのは、6年近い子育てでわかってきたことだ。すぐに相手に強く訴えられるとゆずってしまう。先日の運動会の係決めでもその性格は現れた。
最初に戻るが、白雪姫の小人は本当にやりたい役だったのだろうか。本当はお姫様をやりたいのではないだろうか。競るくらいならお姫様はやりたくないなと無意識のうちに降りているのではないだろうか。「うちの娘は渋いところを突いてくる」と喜んでいていいのだろうか。
チャンスは自分でつかまないとダメなのだ。人がつかませてくれるものではないのだ。人と争うことが苦手な彼女に人を押しのけてチャンスをつかみに行けというのは無理かもしれない。ただすっと目の前にチャンスがちらついたとき、それを見つける目敏さ、それをつかみにいく意思の強さと機敏さを持っていてほしい。