2019年1月26日土曜日

奇跡のパフォーマンス

トゥットゥの年1回のピアノの発表会が正月明けに行われた。今回は2回目。もらった曲はペツォールト「メヌエット ト長調」。私の幼い頃はバッハのメヌエットとして親しまれたが、研究が進み作者はバッハではないとなったらしい。ふむ。


私自身がこの曲を弾いたのが小学校1年だか2年生だかの最初の発表会だったので、5歳のトゥットゥが9月の半ばにこの曲をもらった時は、正直「就学前に弾けるんかいッ?」と驚いた。なにせ縦ノリの曲か、ゆっくり目の分散和音の曲しか弾いたことなかったからだ。右手と左手の動きの違う曲が弾けるのか。そこからハラハラものだった。

予想は的中し、1ヵ月経っても譜読みは終わらず、11月半ばにようやくつっかえつっかえ全て通しで弾けるようになった。にもかかわらずだ。先生はこともなげに「あと1か月半ありますしね、もう1曲追加しましょうか」と渡してきたのはギロックの「おもちゃのダンス」。ノー! トゥットゥはわからないだろうが、私だけが仕上がりを逆算してパニックになった。

しかし予想に反してトゥットゥは譜読みの力をつけていた。「おもちゃのダンス」を2週間くらいで形にしたのだ。トゥットゥも私の補助なしで全部自分で弾ききった時は「これは簡単だよね」なんてうそぶいた。ここに至るには私の苦労なしには語れない。今回はその苦労を書きたい。





「メヌエット」の譜読み、もちろん片手ずつだ。右手で2小節、4小節、左で2小節、4小節。次に両手。両手を弾く前は私がデモ演奏をする。最初から両手はうまくかみ合わない。それでいい。デモ演奏のイメージだけあればいい。両手でなんとか音を拾えれば次の小節に進む。また片手ずつのターン。これだけ見ると、なんだそれを積み上げただけかと思う。

ところがトゥットゥは楽譜がまだ完全に読めないので、自力で音を拾っていくことができない。右手で2小節、たったこれだけで1分以上かかった。それまでも中央のド・ミ・ソについてト音記号での五線譜の場所を覚えろと口を酸っぱくして言ってきた。しかしトンプソンの初級を全て終わらせたというのに、ド以外は漠然としている。基準となる音が読めないから、そこから1つ上、2つ上、1つ下の音と追って読むことができない。

今までいったいどうやって楽譜を読んでいたの!?と疑問になったのだが、なんのことはない、私が譜読みに付き添って「ららら~♪」と歌うボーカリーズによって、耳で覚えていたのだ。そしてすぐに指で覚えてしまう。楽譜が読めないと気付く前にもう弾けてしまっていただけだった。これまでの曲は簡単だったのである。

現にトゥットゥはメヌエットの譜読みでは音を間違えると楽譜を見るのではなく、手で鍵盤を押して音の響きで正誤を確認しながら弾いた。私はそれに気づいて烈火のごとく怒った。

「楽譜を読め!楽譜に戻れ!なんのための楽譜だ!」

なんと怖い母親だろうか。今までそれを見落としていた自分にも腹が立っていたのだ。まるで怒り方が自分のピアノの先生のようで一人苦笑してしまったのだが。

耳コピーができるのは立派な能力ではないのかという意見もあるだろう。確かに。トゥットゥが一発で私のデモ演奏を右手左手それぞれで再現するような神童ぶりを発揮するのであればその道を究めるのもいいだろうと思ったかもしれない。第二の辻井伸行さんになれるかもと期待したかもしれない。しかし残念ながらそうではない。私とある程度時間を費やすからこそ覚える音、指の動きである。

耳コピーでもある程度いけることは体験的に知っている。しかし上級者の曲になればなるほど耳で追える情報量はオーバーフローする。譜読みを早く行い、作曲家と対話するような仕上げフェーズを楽しむには目からの情報を使わない手はないのである。やはり面倒臭がらずに譜読みの力を付けていかなければならない。急がば回れのよい例である。

そして譜読みに近道はない。ト音記号の真ん中のドレミファソラシド、ヘ音記号のドレミファソラシドを1音ずつ紙に書き、五線譜カルタのようにして、練習前に音を覚えるようなゲームもした。そういった努力もあってか、ようやくトゥットゥは1か月半かけて自分で楽譜を読んで両手で弾くことができるようになった。正直、きつかった…。しかし彼女は確実に力を付けた。それが冒頭の2週間で「おもちゃのダンス」の楽譜をさらったことであった。





この流れでいけば本番もうまくいったと思うだろう。ところが譜読みにあまりにフォーカスしすぎたのかもしれない。本番までに仕上がらないという事態が起こった。「おもちゃのダンス」のような滑稽味のある曲はトゥットゥも好きで、こちらはわりとすんなり行ったのだが、問題は「メヌエット」だった。譜読みはできたものの、右手と左手が違う動きをするものを3拍子のダンスミュージックにまとめるのは至難の業だった。1・2・3の拍では1の頭の拍に重みがあるのだが、それは楽譜のどこにも書いていない。ただ3拍子のダンスミュージックというところから読み取らなければならない。

トゥットゥにYouTubeでバロック風衣装を着てメヌエットを踊る動画を見せて優雅な曲のイメージを付けさせるのだが、なにせ体が3拍子のリズムについていかない。まだ染みついていないため、どうしても演奏がダサイくなる。そして指が小さい&技術不足ゆえの音の粒がばらつく。仕方ない、仕方ないんだけど、なるべく均一にしたい。そういうことに私が拘泥していたら、トゥットゥも気になるのか途中で手をぴたっと止める。結局全体でまとめるということをおざなりにしてしまい、なんと暗譜で弾くところまで持っていけず、お守り代わりに楽譜を置くことになってしまった。面目ない…。

いろいろ葛藤を抱えたまま本番がやってきた。5歳なのだ。5歳のベストを尽くせばよい。そう思って本番、彼女を舞台袖から送り出した。







奇跡だった。今までで一番いい演奏ができた。ノーミスできちんとワルツのノリが表現できていた。ピアノの先生も驚いていた。

後日談。先生は大学の講師もやっていて、ちょうど学生の後期実技試験の真っ最中だそう。

「ピアノは副科ですけどね(例えば幼稚園教諭などの専攻と思われる)、その生徒さんたちもバロックが課題だったんです。正直5歳のトゥットゥちゃんのほうが上手でしたよ。右と左をバラバラに弾くって本当に難しいんですよ。よくがんばりました。」

大学生のお姉さんより上手。最高の褒め言葉!