彼女は持病持ちだった。もともと腎臓が悪かった。大学時代に風邪をこじらせ、腎機能が一気に低下し、入院となった。就職してからも定期的に病院に通っていた。ところが数年前、結婚後、別の病気を発症して入院してしまった。そのせいでさらに腎機能が落ちてしまったらしい。お見舞いに行くと、「いよいよ人工透析かもね。」と淡々と言った。しかしなんとか持ち直し、夫の転勤について地方に行った。
前回のメールでは「腎臓のほうの治療方針も決まりそう。」と明るめの文面の中で触れており、私は落ちるしかない腎機能(彼女によると腎臓の細胞は一度壊れると元に戻ることはないそうだ。)に歯止めがかけられる代替治療が何か見つかったのではないかと思った。そこで今回の返信に「治療方針は決まった?」と書いた。そこには自分なりに、「元気に過ごせている?」「それは希望の光となった?」という意味を含ませたつもりだった。
早速彼女から返信がきた。
「メールで書くとうまく伝わらないから、電話するわ。」
土曜日にお互いに子どもを寝かしつけてから電話しようと事前に決めた。
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予定を少し押して電話スタートした。最初は当たり障りなく、子どもの話から。子どもがいるっていい。話題に困らない。次から次にネタが沸いてくる。友人の子はずいぶんおてんばで頭の回転がよく、人をよく見ていて、親を振り回すらしい。イヤイヤ期なら当然といえば当然なのだが。正確に感じたところを書くと、その子は自分の思い通りに相手をコントロールしようとする欲がトゥットゥよりもずいぶん強いみたいだった。そう書くとなんだかいやらしいのだが、生きる欲が強いと言えばいいのか。友人も病弱だけれど気が強い…、いや、病弱だからこそ気が強いというべきか。親子だもの。似ているのかもしれない。だからこそ子どもはまだ2歳そこらながら、親子でガンガン本気でぶつかるとのことだった。うちにはないわ。そのファイティング・スピリッツ。
そうして体の話題になった。私はいい話を期待して心弾ませて話を聞いた。
「ねえ、例の治療方針って話。いい治療方法みつかったの?」
「あー、あれね。うん、一応、母の腎臓もらおうって話で。」
「!?」
「つまり腎臓移植ね。」
その言葉に二の句が告げなかった。なんと言えばいいのか。彼女は簡単に口にしたように聞こえたが、そこまで至るには彼女はどれだけ葛藤があったのか。家族でどれだけ考えたのか。最終的に彼女の母親が、「私の腎臓で娘の腎臓がよくなるなら」と前向きな気持ちで提案してくれたそうだ。その過程を想像するだけでも気が遠くなった。
春には母親の腎臓が移植に適した腎臓か検査入院してもらうとのことだった。そういえば臓器移植は年齢制限があるのではなかったか。確か60歳だったか。私は叔母が透析をしていること、「新ブラックジャックによろしく」腎臓移植編を読んだレベルの知識で必死に話についていった。
「いや、望ましい年齢上限はあるけれど制限はないよ。それに人によって腎臓のコンディションも違うからね。だからこの春検査入院。ただね…。」
彼女の母親は、医者から、家族だから適合度合いは高いが、だからといって腎機能回復とはいかない場合もあるらしいと説明され、移植への気持ちがしぼんでしまったらしい。そのような人に検査入院してもらって移植の話を進めていいのか。一度家族で出した答えとは言え、自身でも揺らいでいることが彼女の電話口の言葉からわかった。
私も母親の気持ちを想像してみると、なんとなくわかる。自分の腎臓が惜しいのではない。娘を手術で切り刻むのだ。大変な手術までして効果はほとんどありませんでしたとなったことを想像すると、体にメスなど入れてほしくない。それならば透析で生活してほしい。
しかし友人はもちろん透析のことをいろいろ調べ、QOLがどれくらい下がるか、自分はこれからどう生きたいのか、特に娘を育てる母親としてどうありたいのかを考え、透析をできるだけ先延ばしにしたい、と答えを出したのだ。私がどうこう言う資格はない。彼女の意思を尊重したい。私は本当に聞くことしかできなかった。
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大学時代、友人が退院して、私が快気祝いに遊びに行くと、悲壮な面持ちでこんなことを言ったのを思い出した。
「この病気は治ることはない。悪くなる一方だ。食事制限など日常生活を気をつけることで状態を留めておくことができるだけだ。行き着くところは透析だ。」
まだ若く健康すぎるほど健康な私はちっともその意味がわからなかった。言葉の表面しかわからなかった。彼女はすでにその頃から命の沈む淵の側を歩いていて、入院により底を覗き込んだのだ。一度淵の側を歩いていると自覚した者は知らなかった頃には戻れない。しかし、それ以降の彼女の歩みは決して暗いものではなく、調子がよい時はそこに落ちないように冷静にゆっくりとそして前を向いて歩んでいるようだった。たまにスキップだったり、ダッシュをすることもあったけれど(笑)。そして彼女は今いよいよその道幅が狭くなってきたのだ。
ハードモードの人生。
そう思った。それにくらべて私はなんてイージーなんだろう。今まで生きてきてそれなりに悩みはあったけれど、悲しみもあったけれど、痛みもあったけれど、自分の死を感じるようなことは一度もない。少なくとも現時点でイージーモードな人生を渡っている私ができることってなんだろうな。電話を置いてから考えた。
友人が調子がよくなって前を向いて歩こうとしたとき、その景色の中にいてあげることか。それって友達でい続けることなんだろうな。また連絡して、おしゃべりしようと思う。
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トゥットゥへの気付き
様子
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ジェイジェイがゴルフの打ちっぱなしで午前中久しぶりに二人だけ。トゥットゥの手を引いて200M先ドラッグストアに買い物に出たら、帰ってくるのに2時間かかった。寄り道がすごすぎる…。
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体調
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今日もうんち好調。それ以外は特に問題なし。
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食事
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冷蔵庫をのぞいては「アンパンパンのチーズ」コールがかかる。カルシウムはばっちりね。
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