2015年6月10日水曜日

大阪、高野山、家を開けると

6月6日、大坂にいる病気の友人を見舞った。腎臓移植の前に一度顔を見ておこうと思ったのだ。朝、7時半に家を出る。トゥットゥが起きたので、

「おかあさん、お友達のところに行ってくるね。トゥットゥはお父さんと千葉のおばあちゃんの家に行ってね。」

と昨日から繰り返し伝えている言葉をダメ押しで言った。私がいなくなるということはわかっているようで、初めて伝えた時は「どうして?」というような少し寂しそうな顔をしたが、今朝はジェイジェイと寄り添って

「いってらっしゃい。」

と手を振って送ってくれた。





予定通り新幹線に乗り、新大阪に向かう。到着は昼前。旦那様と車で迎えに来てくれた。彼女が今日、明日にでもどうなるというわけではないのは知っていたが、思ったよりも元気そうだったので安心した。その足でお昼はミナミの繁華街でお好み焼きを食べた。穴場だと言って、繁華街の喧騒の中ひっそり佇む法善寺にも連れて行ってくれた。その後、家に向かい、女二人でおしゃべりをした。話の内容はすっかり結婚した女性のそれだったが、話すテンポや雰囲気は大学時代に戻ったようだった。「妻にはこの地にお友達がいないから、来てくれてうれしいです。」と歓迎してくれた旦那さんの言葉がうれしかった。奥様トーク(夫やら姑やらの話)に花が咲いたが、彼女ならあのおおらかなでいろんなことを気にしない旦那さん(彼女曰くB型の典型)と力を合わせて難局を乗り切っていくだろうと安心した。

その晩、大坂に泊まった。ホテルで安田記念の予想。Wi-Fiが繋がるようなので、新聞は購入せず、iPodでJRAのHPを確認した。データ分析方法まで書いてあるので、忠実に実施。7番ヴァンセンヌしかいないじゃないの、もう一頭は…と考えて、6番モーリスか10番フィエロか迷って、山っけを出してフィエロを選択。ジェイジェイにメールで馬券を買ってくれるようにお願いする。答えは帰りの新幹線車両ドアの電光掲示板で見ることになった。(1着モーリス、2着ヴァンセンヌ。) この度も外してしまったのだが、2着のヴァンセンヌを読めたのは少し自信に繋がった。




翌日、新大阪行き3日前くらいに確定した高野山に向かう。どことなく小田急新宿駅に似たホームの南海難波駅から特急こうやとケーブルカーで1時間半。高野山駅からバスで街の中に入っていく。女人堂という、その昔高野山がまだ女人禁制だった頃女性が篭ったお堂があり、そこを超えるとガラっと雰囲気が変わったのがわかった。見えない世界のことではあるが、やはり結界があるんだなと思った。

バスで大門に向かい、そこから歩いて順に金堂エリア、霊宝館、金剛峰寺、最後に奥の院と向かった。5月21日までが開山1200年の法会のピークだったようで、初ご開帳となった金堂の本尊・薬師如来(高村光雲作)はもう見ることはできなかった。先日テレビで見てジェイジェイに似てるなあと思ったので、想像しながら拝んだ。霊宝館では運慶の八大童子を見ることを楽しみにしていたが、一童子も出ていなかったのでがっかり。代わりに快慶(工房)作の四天王などを見ることができたので良しとしよう。快慶は優美な感じがよし。

高野山と言えば奥の院、空海が入定してなおお勤めされているという神聖な場所であるが、やはり開山1200年の記念の年のせいか、そこに到着したのが日曜日の14時くらいだったせいか、人がごったがえしていて驚いた。自分の中では写真の静かなイメージだったので。おそらく奥の院口の駐車場から直接来た観光客であろう。ただ一の橋から歩いてそこに向かう人は少なく、杉林と20万基もあると言われる苔むした墓石の中を黙々と一人歩いたところ、どうも霊気にやられてなんともいえない疲労感があった。一旦この疲れをスカッとした金堂エリアで吹き飛ばしてもらいたいと思ったくらいだ。

一番感動したのは壇上伽藍の中だ。こんなに大勢の如来や菩薩に囲まれて、ああ、本当に人を助けるために存在されるのだと実感した。そしてそれを宗教として体系化した空海のすごさを思った。空海や真言宗については本で読んでいたのである程度は知っているのだが、知ると感じるではまた違うのだと改めて気づかされた。これが旅のよさである。

旅のよさとは言うものの、今回は独身時代の一人旅のように心に羽が生えたような体験ができたかと言えばノーだ。最初は高野山というスポットが自分に合わなかったのかと思った。しかし壇上伽藍では確実にパワーをもらった。合わないというわけではない。そういえば、旅行中、いつも何かを思うたびに

「あー、トゥットゥもいればなあ。」
「あー、ジェイジェイと一緒に見たかったなあ。」

と家族のことを思った。そうか、分かち合いたかったんだ。私はそう思う対象が出来たのだ。




21時過ぎ。家に到着。「ただいまー」と言うと、ジェイジェイが「ほら、おかえりは?」とトゥットゥに促していた。小さな声で「おかえり。」と聞こえた。

トゥットゥは私の留守中の滞在先、千葉のおばあちゃんの家で親戚一同にずいぶん可愛がってもらったようで、ジェイジェイがスマフォの写真を見せてくれた。そのはじけっぷりを見て、正直「私、いらないじゃん…」と少し寂しく思った。

トゥットゥを抱っこしようしたが、「おとうさんがいいの。」を繰り返した。もしやこれは拗ねているのか。去年のお盆の再来か? その晩はジェイジェイを挟むと今までのように会話が機能したが、私と二人きりになるとトゥットゥはどことなくぎこちなかった。翌日起きても「おとうさんがいいの。」と言った。そして保育園に送るベビーカーでは一言も口を利いてくれなかった。

あー。ゴメンなさい、トゥットゥ。やっぱりお母さんがいなかったことを暗に責めているのね。保育園の帰りのベビーカーで留守にした理由を懇々と説明し、謝った。関係修復。





トゥットゥへの気付き
様子
「トゥットゥはお父さんが帰っていると思う」
「お母さんがアンパンマンのソーセージを買ってくれるといいんだけど。」
長い文章を話すようになりました。
体調
肌荒れは保湿剤で治った。また便秘がひどくなり始めた。本日浣腸を使う。雑穀米とマッサージで乗り切れるか。
食事
最近はゴマしおがブーム。ご飯を出すと必ず「ごまくだしゃーい」とリクエスト。