ベビーローションを塗っているにもかかわらず3月の季節の変わり目の乾燥でトゥットゥの肌はガサガサになり、痒いから掻くようで体は傷だらけになった。3月の予防接種のときに小児科の先生にも指摘されて薬を処方された。薬の力もあり乾燥する日も減ってきたので治っていたのだが、ここにきてぶり返したようだった。「軟膏は塗っているんですけど…」と答えてハタと気付く。ストレスに晒されると肌に出るジャッキー一族(ジャッキー父から)の遺伝だ。トゥットゥは保育園がストレスなのだ。とたんに可哀想さが増した。
今日はサチ母と一緒にトゥットゥをお迎えだ。いつか仕事の都合でお迎えにいけないときにサチ母に頼むかもしれないからと、今日は一緒にお迎えに行ってみることにしたのだ。サチ母は1時間近くかけて電車に乗ってやってきた。おやつに小川軒のレーズンウィッチを一緒に食べた。私は一度食べてみたいと思っていた小川軒のものだが、たまたま乗り換え駅の駅中の店で見つけたのだ。ところが美味しいものをよく知っているサチ母は「あれ、包みが変わったの?箱も違う。」と言うではないか。その時は「デザインが一新したのかもしれませんよ。」と相槌を打っておいたが気になって調べてみたら、なんと鎌倉小川軒! 私が知っている小川軒は御茶ノ水だよ! ええ、代官山、目黒、御茶ノ水とあるの?
一号店は1905年、汐留で洋風レストランをオープン。その2年後、1907年に移転して新橋へ。戦後、洋風料理に日本や中国料理の要素を入れつつスタイルを確立、東京オリンピックの年、1964年に移転して代官山へ。この代官山で今までの集大成としてレーズンウィッチが誕生。そして店を大きくした父親の死後、1973年、三人の息子へ小川軒が引き継がれる。長男・代官山(レストラン)、次男・目黒(洋菓子)、三男・御茶ノ水(レストラン)。では鎌倉は? 1988年に代官山から独立したようだ。
4時にサチ母と迎えに行く。ガラス窓越に教室を覗くとトゥットゥは他の子と同じく先生の回りの衛星の一つのように座っていて、大きなブロックをぶんぶん振り下ろして遊んでいた。楽しそうなので一安心。迎えの手順をサチ母に教えようとした矢先、サチ母は私と先生の静止を振り切り、ほふく室に向かう。「トゥットゥ~」 トゥットゥはその姿を見るなり泣き始める。おそらく張り詰めていた緊張の色が切れたのだ。サチ母に抱っこされてさらに大泣き。私の姿を見るなり指差しで大泣き。私に抱っこ交代。
トゥットゥは帰りのベビーカーの中では魂の抜けたように無表情になり、私やサチ母が話しかけてもぴくりとも反応しなかった。その状態は家に帰ってもしばらく続き、抱っこから下ろそうとすると不安がって泣いたためしばらく抱っこをしていた。30分くらいするといつものトゥットゥのように独自語をつぶやきはじめ、本棚から本を取り出したり、おもちゃ箱からおもちゃを取り出したり。おばあちゃんの話しかけにも応じるようになった。そのうち笑い声が出るようになった。
夕方はジェイジェイの妹のエミィさんが遊びにきた。節句ぶりのやさしい叔母との再会によろこぶトゥットゥ。声をあげて歓迎をしていた。私が家事をしている間、よく遊んでもらっていた。夕飯の後にはお土産のキャトル柿の木坂のうふプリンを食べさせてもらっていた。こんな風に保育園も慣れるといいね。
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トッゥトゥへの気付き
様子
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ベビーカーでの帰り道の丸まった背中が切なかった。元気だせ、トゥットゥ
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体調
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まさかのやわらかうんち!?×2 お腹を壊したか。
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食事
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サチ母の持ってきた久慈の卵焼き、ものすごい勢いでつかみ食べ。大好きなクリームパンに匹敵するうまさなんだろうな…。
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