サチ母はジェイジェイの変則勤務を聞いたときからこのプランを提案してくれていた。とにかくトゥットゥを心置きなく独り占めしたい。しかし自分一人では何かあったときに不安である。よって息子がいれば安心だ。だから二人でお泊りにくればどうか。このような論旨の展開での提案だった。それはつまり母親の私がいると孫を相手するにしても少し遠慮があると暗にほのめかしている。嫁姑関係が絡んでくるこの手の話はもう少し建前で話すところだが、サチ母はトゥットゥのことになるとストレートに表現した。サチ母はついでのように「ジャッキーさんも一人になってのんびりすればいいわよ。」と言った。
幼い子の面倒を見るというのは本当に大変で、孫を独り占めできるといっても、いいとこ取りばかりできるわけではない。まずご飯、お風呂、歯磨き、寝かし付けと基本的生活習慣の部分を全て補助する必要がある。そしていつも可愛いご機嫌なトゥットゥではない。愚図って聞き分けのない、どうしたらいいかわからなくなるトゥットゥが顔を出すときもあるのだ。そういった不都合がわかった上で面倒が見たいと申し出てくれているのだ。
本音がどうであれ、私としてはありがたかった。結果的に私に一人きりの休息時間をくれるというのだから。
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職場復帰してからというもの土日にいらいらすることが多くなった。週末になっても家事がなくなるわけではない。朝から洗濯、掃除、トゥットゥの面倒見とやると、ゆっくり休めるのはトゥットゥが眠った時くらいしかなかった。それに対してジェイジェイはほぼ毎週ゴルフのうちっぱなしに行き、ラーメンを食べて帰ってきた。そして家では撮り溜めた録画番組を見るか、競馬の予想をした。そんな中で合間合間に家事を手伝い、トゥットゥの相手をしてくれた。よくやってくれるほうだと思う。
ジェイジェイは2013年2月より忙しいプロジェクトのメンバーになっていた。トゥットゥが生まれた年と月だ。彼女が生まれてからというもの夜10時半前に帰ったことがほとんどなかった。ようやくこの5月の連休明けにプロジェクトが終了宣言されたが、ジェイジェイは収束作業に関わることになり、夜勤や休日出勤をこなしていた。その苦労を知っているからこそ外で働いているのだから休日くらいはのんびり好きなことをさせてあげたいと思った。
その気持ちは今でもかわらない。しかしそれを実践として「~してあげる」と思えたのは育休中までだった。余裕のなくなった今「~すべきだ」と自分に義務を課し、現実との落としどころを探っていた。そんな中でどうも自分と夫の休日の過ごし方の対比が、自分にダメージを与えていることに気付いたのだ。
5月下旬にどうにも我慢できなくなって、ジェイジェイに「私の一人の時間を作ってくれ。」とお願いしたことがあった。ジェイジェイは私が職場復帰して仕事に家事に大変であることを理解しているので快くOKをしてくれた。午後に時間をもらった。その日は映画に行きたかった。しかし見たい映画の始まる時間は13:30‐、16:00‐で、昼食を家で食べていたら間に合わない、もしくは夕食の準備ができなくなる半端なものだった。私は諦めた。
どうしたら私は映画に行けたのだろう。しばらく考えていた。きっとあの場面でジェイジェイが「俺が昼食作りと後片付けやるから。」「夕飯は俺にまかして。」とスッと言ってくれたら心置きなく外出できたのではないか。もちろんお願いすればジェイジェイはやってくれる。しかしあくまでもお願いしないとダメなのだ。なぜか。それは彼の中に「家事は妻が行うものだ」という線引きがあるからだ。彼にとって家事は「お手伝い」なのだ。
仕方ない。私たちの世代は専業主婦の母親に育てられた世代だ。私も、一人での外出に罪悪感を感じたり、家事を「お願いする」「夫はよく手伝ってくれている」と表現している時点でその価値観に縛られているのだから、ジェイジェイに「家事は夫妻ダブルキャストで行うものだ」という先進的な考えを持てと言うのが無理な話である。もしかすると女は家事のメインキャストたることでサブキャストの夫に対し優位性を保てるという意味で、女が無意識に望んでいる事態なのかもしれないな…。夫婦のパワーバランスにもかかわる部分なので一概にこうすべきとは言えない。やはり家庭それぞれのスタイルを見つけるべきではなかろうか。
私たち二人で価値観をシフトしていくには相当な努力が必要だ。特に男は「家事は妻が行うものだ」「家事はお手伝いするものだ(そして褒めてもらうものだ。母親にそうしてもらったように)」の今のままが当然心地がいいのだから変わろうとしないだろうだろう。だから舵を取るのは女しかいない。家事のダブルキャスト化が家庭に幸せをもたらすのか、論理的に説明し、実践し、本当に幸せをもたらすことを女が証明しなければならない。道は長い。まずはお手伝いでもいい。実を取ろう。
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昨晩は会社の近所の丸亀製麺で約1年半ぶりに「ぶっかけ」を食べた。もちろん大好きなかしわ天を食べた。その足で靴修理のお店に靴を出しにいった。池袋西武でサチ母の大好きな小倉山荘の「をぐら山春秋」というあられアソートを買った。弟夫婦の家に寄って、弟の土産のガトーフェスタハラダのラスクと私の小倉山荘のおかきを交換した。家に帰ると一人でのんびりした。ご飯も作らなくてよい。トゥットゥの食事や風呂の世話をする必要もない。夜は義妹のゆきちゃんから借りたマンガ「モテキ」を今更ながらゆっくり読んだ。夜更かしもして深夜番組も見た。今日はバーゲン初日に行った。オープントウのエナメルの靴を買った。素敵なジャケットを買った。
バーゲンからの帰りの駅でホームから空を見上げた。夏至の過ぎた頃の夜になりかけの空で群青色をしていた。空などゆっくり見たのはいつぶりだろうか。ふとかつての独身生活を思い出した。この二日間はまるで独身時代に戻ったようだった。楽しかった。しかしまたこの生活に戻りたいかと言えば、答えはNOだった。夜の空を見て寂しくなった。家族を持つとはそういうことなのだ。家事が大変だ、一人の時間をくれ、夫婦の役割がどーだ、こーだと言いながらも、「寂しい」という感覚を知った私は幸せ者だと思った。
さてトゥットゥを迎えにサチ母のところに行ってくるか。
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トゥットゥへの気付き
様子
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サチ母の家で階段を何往復もするのがブーム。足腰がさらに鍛えられたとのこと。
また髪を切りに美容院へいったとジェイジェイより連絡があった。なんと生意気な・・・。 |
体調
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サチ母の家でうんちがでなくて泣いていると聞いた。スクランブル! イチジク浣腸を持っていくか。
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食事
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サチ母の妹のカズコ叔母さんがお誕生日ということでケーキを持って遊びに行ったらしい。きっとケーキ食べてるんだろうな…。
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