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年に1回は顔を見せて、お兄ちゃんの成長を見ていた私は、とびきりの車コレクションを並べて見せてくれた笑顔の彼が、まさか自閉症だとは思わなかった。それまで自閉症とはなにかよく知らなかった。コミュニケーションが苦手、こだわりが強く天才肌。これくらいのイメージしかなかった。むしろ「凡人よりも才能豊かなのだがらそれを伸ばしてあげればいいじゃない。」くらい楽天的に考えていた。
たまたま12月、インフルエンザ流行の最中、健康自慢の私が発熱し、かけこんだ病院の待合室にあったマンガ「光とともに… 」を読んで、自閉症とは何かを知った。それは彼女が息子が自閉症だと診断されたと告白のメールがあった次の日だった。神様がいると思った。「自閉症を知れ」とのお告げだと思った。その足で図書館で自閉症関連の本を借りて帰った。AmazonのKindleで「光とともに…」を買った。私の楽天的思考は全て吹っ飛んだ。社会生活を送る上で、宇宙人と意思疎通をするくらいの困難さが伴う場合があることも知った。
まさか自閉症とは…という感覚は友人も同じだったという。どの親も自分の子供が自閉症だと思って乳児から子育てに携わっていない。ある時から何か他の子と比べて成長度合いが違うなと気づき、自治体サービスや専門機関にお世話になり、どっちつかずのもやもや期を経て、最終的に専門医に「自閉症」と診断されるまで。彼女は淡々と事実を語った。
自閉症のことを勉強した後では、息子は自閉症であると腹をくくるまでの期間は想像するだけでもさぞ大変だったろうと思った。
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久々に会った友人と子供たちはとても元気そうだった。お兄ちゃんのH君はやはり自閉症だけあって、私と目を合わしてはくれなかった。自分の生活空間に見慣れぬ他人が入ってくるのである。それだけでも警戒レベルMAXだったとしても不思議ではない。しかしそこは母親である友人の適切な振る舞いがあり、同じ空間で過ごすことができた。
そして驚いたのはトゥットゥと数ヶ月しか違わない同い年の女の子Aちゃんが活発に動き、ハキハキとおしゃべりすることだった。
「お兄ちゃんがあんなでしょう。私がかかりっきりになっちゃってね。だからこの子は放任。そうするとすごくしっかりした子になっちゃてね。お兄ちゃんに教えていることも、自分でもやろうとするの。その上、お兄ちゃんの面倒まで見ようとするの。ほんと、まいっちゃう(笑)」
ふと思い出した。いつだったか、二人兄弟のお母さん友達の話を。お兄ちゃんは小さい頃から「お母さん、大丈夫?」と言ってすぐにお母さんのお手伝いをしようとする。ところが弟くんは一切そんなそぶりは見せない。「わーい」と無邪気な面を引っさげて我関せずなんだそうな。自分は長女長子なのでお兄ちゃんの心構えはわかる。しかし弟くんはわからない。
私はつらつらと想像してみた。人は社会的な動物だ。周囲の役割の期待に応えて社会性を発揮する。お兄ちゃんが役割をこなしているのはわかった。弟はどうだろう。母親は愚痴めいたことを言うものの、弟はそもそも兄のように振舞うことを期待されていないのではないか。弟はいつまでも可愛い末っ子でいて欲しいのだとしたら。もしくはどこかで優秀なお兄ちゃんの引き立て役でいて欲しいとと願っているのだとしたら。大概はそんな母親の期待を感じ取ってお手伝いはやらないだろう。自分に役割が振られていないのだからいいじゃないって。
Aちゃんについても、やはりお母さんの期待(お兄ちゃんに手がかかるから、構ってあげられないけど我慢してね。)を感じ取っているのではないか。Aちゃんの様子を見ていると、期待はストレスではなく、クリアしていくゲーム感覚のようなウキウキ感があるのが頼もしかった。Aちゃんは生まれるべくして自閉症のお兄ちゃんH君と友人夫婦の下に生まれてきたのかもしれない。
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ふと話の流れから、この夏Aちゃんがトイレトレーニングをやったかを聞いた。トゥットゥが1歳半となったこの夏がトイレトレーニングが最適だと思われたが、なにせ保育園に通う身。親の私が積極的に関われるはずもなく、保育園も特に急かすようなことはなかった。まずおしっこをしたい感じ、うんちをしたい感じを言葉で伝えられなければトレーニングは始めない方針だと言われた。そうなると言葉もゆっくり目なトゥットゥは自然今期は棒に振ることになった。おしゃべり上手なAちゃん、教育熱心な友人コンビであればとっくに終わっているだろう。そんな回答を期待した。
「お兄ちゃんが真っ最中よ! Aに手が回るわけないじゃん。」
しまった! すぐにマンガ「光とともに…」の、自閉症の子を持つ母親たちが「小学校に上がるまでにはトイレで排泄ができるようになるよ。」と話をしているシーンを思い出した。Aちゃんどころではない。本当にその通りだ。
話によるとH君は自宅のトイレで排泄はできるらしい。ただ幼稚園に行く忙しい朝、この時間までおしっこを済ますことというのは難しく、幼稚園(アウェイ)でトイレに行くのはもっと難しいらしい。そうするとトイレを我慢して幼稚園を過ごすことになる。朝、トイレができないと、膀胱にはおしっこがパンパンになり、帰ってくる頃には我慢ができずに漏らしてしまうそうなのだ。それが車から降りて自宅まであと少しのところでやってしまったお漏らしが何回もあり、その度にキレそうになったと友人は言った。
「トイレトレーニングは気長にやったらいいって言う人もいるよ。療育の先生にも『あなた、明日からトイレは尿瓶でお願いしますと言われて、すぐに切り替えられますか? 息子さんをもっと長い目で見てください。』って言われたよ。ほんとその通りだよ。でもね、頭でわかっているのと、目の前でそれを対処するのは違うの。」
私は何も言えなかった。昔から聡明で優しい彼女がそう言うのだ。結局お互いに黙り込んでしまった。私も本で自閉症については勉強したが、実際に友人の苦労に触れて、頭で知るのと、目の前で対処するのは違うということが本当によくわかった。
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私は何を彼女に言ってあげられるのだろう。私は彼女に何ができるのだろう。彼女の家から帰ってきてもその答えは出ない。自閉症のH君がいる。H君のお母さんの友人がいる。ただそれをそのまま自分の世界に受け入れようと思った。「あら、お気の毒(でも私には関係ないもの)」ではなく、少なくとも自分の痛みとして考えることができるように。自閉症が社会の中で多様性(個性)の一つとして受け入れることができるように。「そのままでいい」とH君にいつでも言ってあげられるように。何かができるのはそれからなのかもしれない。
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トゥットゥへの気付き
様子
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この度、Aちゃんと遊んでいて彼女が持っている玩具が欲しい時「かーしーてー」と声をかけていた。保育園の集団生活の賜物だ。うるッ(T_T)
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体調
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快調。鼻水もなくなる。空気が乾燥してきたのか、肌をかきむしることが多くなった。掻き傷についてはお風呂上りにステロイド入り保湿剤を塗る。
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食事
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かきピーをばりばり食べる保育園児。
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