前回からの続き。
<サチ母のお出迎え>
帰りの日となった11月26日、7時半には仕事に出てしまうロミ父は私たち出発前に再度家に戻ってきてくれて、トゥットゥとの別れを惜しんだ。抱っこして家の前で写真をとった。私も少し悲しくなった。
東京は最高気温11℃、寒い雨模様ということだった。私が見た週間天気予報は15℃だったのに。涙雨かもしれないな。そんなセンチメンタルなことを考えつつ、できうる限りの冬の格好をして帰路についた。
帰りの一番の心配はジェイジェイがいない飛行機の中だった。暴れたらどうしよう。抱っこはもつのか。それは杞憂でトゥットゥは行きと同じように大人のように雑誌「旅の時間」をめくり、機内で配られるアップルジュースを飲み干し、もってきたバナナを食べ、ヘッドホンで機内で流れる音楽を聴いたりして大人しく過ごした。
対して羽田に着いてしまえば自宅までは抱っこ紐があれば大丈夫だった。確かにトゥットゥは重たいが、電車の中は座らせておけるのだから、空港内移動、駅での移動、駅から自宅への移動で正味抱っこ時間は40分くらいだろう。これくらいであればいつもの移動で慣れたものだった。
ところがジェイジェイは羽田に着いてからを心配してくれたようで、サチ母を迎えに呼んでくれたようだった。千葉からわざわざ大変だろうにと思いながら、トゥットゥに会いたい一心で来るんだろうなと思い、その厚意をありがたく受けることにした。しかしすでにサチ母が来るという予定外の展開であったことからこの後の様々な予定が狂い始める。
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13時半頃、到着ゲートではいつものテンションのサチ母が現れた。
「トゥットゥ~!いい子にしてましたか~!? ばあば(自分)のこと覚えてる?」
トゥットゥは私も含め時間を開けて会う人にはツンツンした態度をとるので(いわゆるツンデレか?)、サチ母も例に漏れずトゥットゥから冷めた態度をとられて嘆いていた。しかしそこはサチ母で、食い下がるようにトゥットゥにモーションをかけ、帰りのモノレールでは二人はいつもの仲に戻っていった。本当であればこの時間帯はトゥットゥのお昼寝であり、抱っこで寝かそうと思っていたがそれは叶わなかった。
雨の中、15時頃、なんとか家に帰りつくと、今度こそトゥットゥをお昼寝させようとしたが、できそうもなかった。というのもサチ母がトゥットゥにおやつを食べさせ始めたからだ。食べ終わった後、改めてトゥットゥをお昼寝をさせたいと申し出たが、「一緒に夕飯のお買い物に行きたいの。」といって、トゥットゥを昼寝をさせることを拒み、一緒におもちゃで遊び始めた。現にトゥットゥは目がらんらんしてちっとも眠たそうではないので、大丈夫だろうと思ったのだろう。明日の保育園に備えさせたい母親の身としては苦々しかった。
結局寒い雨の中、トゥットゥを買い物に連れ出すに忍びなく、サチ母に託して、私一人で夕飯の買い物に出かけた。サチ母は遠くて寒い雨のところせっかく来てくださったのだからと、夕飯は一緒に食べてもらおうと考えていた。ジェイジェイも早めに帰ってくることがわかっていたので海鮮鍋にすることにした。買い物から帰ってきて、夕飯の下準備をして、トゥットゥをお風呂に入れていたところ、ジェイジェイが帰ってきた。トゥットゥをお風呂から出してパジャマを着せてもらっている間、私も身支度をしてお風呂から出た。
するとジェイジェイが言った。
「ねえ、サチ母を寒い雨の中帰らすのも可哀想だから、泊まらせてもいい?」
え、私、明日から会社だよ。トゥットゥだって保育園だよ。準備したいんだよ。それに留守にしてしばらく掃除もしていないような汚い部屋で泊まってもらうの? そんなことを思って、おそらく顔が歪んだのだろう。ジェイジェイはすぐに
「ダメだったら言って。帰ってもらうから。」
と言った。私の中で何かが切れた。今更ダメって言えるわけないじゃないの。だってサチ母は泊まるつもりで、トゥットゥに「おばあちゃん、お泊りしちゃう。」とかなんとか言っているのが聞こえたからだ。「帰ってください。」と言えるか? ジェイジェイのその鈍さに腹がたった。どうせなら「もう泊まってもらうって決めたから、悪いけどよろしくね。」と言い切ってもらったほうがどれほどよかったか。
しかしおかしい。いつもだったら掃除が行き届いていない部屋だろうが平日に突然泊まってもらうことくらいなんてことはないのだ。サチ母用の布団も出しっぱなしだし、サチ母が置いていったお泊りグッズもすぐに用意できる。私の会社準備もトゥットゥの保育園準備も30分あれば十分できる。しかし今日だけはなぜか我慢しかねた。突然泊まることになって私の機嫌が悪くなったことはサチ母にも伝わったようで、しきりと恐縮していた。
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なぜ私はこんなにイライラしてしまったのだろう。一人夕飯の食器を洗いながら考えた。私がこうなるとき、自分の思い描いていた予定が狂ってしまった時だった。何を予定していたのか。
トゥットゥのお昼寝もそうだ。私の会社、トゥットゥの保育園の準備もそうだ。ジェイジェイとの3日ぶりの夫婦の会話だってそうだ。でもなにより…
朝、自分の両親と別れてきて、トゥットゥと一緒に、もしくは寝かし付けながら、この5日間を振り返りしんみりと過ごしたいと思っていたのだ。それがサチ母の可愛がりパワーで上書きされている。それが我慢ならなくなった。サチ母に悪気があるわけではないことは重々承知している。しかしこの度は、山口のじいじ、ばあばの愛情よりも自分の愛情のほうが上なんだと証明しようと躍起になっているように感じられた。予定どおりに時間を過ごせなくなってイライラした自分はそのようないじわるな見方しかできなくなっていた。
でもどうすればよかったのだろう。にこにこ笑って自分の気持ちを抑えて、サチ母を歓迎できれば確かに大人の対応だ。でも私の気持ちは。私の楽しみにしていた時間は。相手に悪気がないからといってあの時我慢できたか? 結果できなかった。なぜ相手に譲らなければならない。私が真っ先に犠牲になるいわれもないのだ。そう思えたことは今までの我慢人生の中では進歩だと思った。少しすっきりした。
そうは行ってもサチ母にとっても、ジェイジェイにとっても、きっといつもなら歓迎してくれるはずの私が意味不明に機嫌が悪くなってしまい、きっと肝を冷やしたであろう。それで混乱させたこと、不快な思いをさせたことは今でも反省している。そう、あれはタイミングが悪かったのだ。ジェイジェイが良かれと思ってサチ母の迎えを頼んだ。ジェイジェイもサチ母も私がその日だけは娘と二人で静かに過ごしたいと思ってもみなかった。そして寒い雨の中夜遅くにサチ母は千葉の家に帰るのは難儀で急に泊まることになった。いろんなことのタイミングが悪かったのだ。こんな日もある。
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保育園にトゥットゥを迎えに行った。日も沈んだ冬の真っ暗な園庭で「おかーしゃ、はっぱ!」「おかーしゃ、ボール!」とはしゃぐ姿を見て、本当に可愛いと思った。そしてこの可愛さはみんなのものなんだよなあ…私だけのものじゃないんだよなあとしみじみ思ってしまった。みんなに分けるべきという基本姿勢があれば、今回のようにこじれなかったのかもしれない。日々反省。