トゥットゥは3月8日よりピアノを始めた。私自身、幼児期のヤマハ音楽教室に始まり、ピアノを小学校一年生から高校三年生までやっていて、社会人になって8年間やっていた。その縁で今も側に電子ピアノがある。クリスマス近くになると私がクリスマスソングを弾いたりするものの、トゥットゥの反応は今ひとつ。子供ありきたりの反応で「自分も!」と言ってピアノ椅子に座って鍵盤をデタラメに触る程度であった。特に才能の片鱗を見せたわけでもなんでもない。
それでもこの時期からピアノを習わせたいと思ったのには理由がある。子育て本の受け売りであるが、就学前に一番音感やリズム感が身につくこと。体や手先を動かす訓練をすることで頭がよくなること。この二点であった。なにもピアノで大成させたいわけではなく、音感がよければ、頭がよければ、この後、何かやりたいことに出会った時の基礎なり利点となりになるのではないか。親なら誰しも考える、そんな下心からである。それに周りのお母さん友達を見ていると、やれ英会話だ、スイミングだ、幼児教室だと子供に習い事を始めさせていて、焦ったのも事実。私は俗物なのである。
トゥットゥにピアノの英才教育を施すつもりもないため、せいぜいヤマハ音楽教室などの集団レッスンで十分だと考えていた。しかし如何せん4月より職場復帰するので、平日日中に通うのは不可だ。個人の先生で土日レッスン可能で誰かいないかしらと探していたところ、義妹のユキちゃんがタイミングよく紹介してくれた。幼稚園の入園準備で出会ったお母さん先生らしい。気軽に問い合わせをして、体験レッスンに行った。
驚いたことにその先生は、東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒だった。失礼だが、私は幻の神獣を見る気持ちだった。龍、麒麟、鳳凰など。日本の音楽アカデミズム最高峰。ピアノを志したものにとってどれくらいすごいか例を出すと、一般の東大理Ⅲと同等である。いるのか、そんな人が、目の前に。義弟の東大文Iも路上に祀られた神様を見る思いであったが、それ以上の衝撃。雰囲気はいかにもお嬢様的で物腰は柔らかい。しかし目の奥がゴルゴ13だった。だって小学校の頃から1日3、4時間の練習は厭わない人ですよ。ある種の天才である。私の先入観がそう見させるのかもしれないが、とにかく厳しさがみなぎっていた。
「練習はしてきていただかないとね、レッスンになりませんから。」
私は幼児期のヤマハ音楽教室時代には一度も練習したことはなかった。教室に行けばボタンがいっぱいのエレクトーンが触れる!かっこいい!!そんなもんだった。のんびり屋のトゥットゥ、大丈夫か…。
心配は杞憂に終わった。今の所、私が保育園から帰って「ピアノ練習しようか」と声をかけると、トゥットゥは喜んでピアノの前に座った。ピアノが好きというよりも、私がつきっきりで練習をするから、目をかけてもらえる時間となって嬉しいようだ。私は声を荒げないように、弾けないフレーズは何度も練習させた。その箇所が弾けるようになると、私を見上げて自分から両腕を広げハグを求めた。私は思いっきりハグをして褒めた。通しでうまく弾けると自分で拍手をした。私も一緒に盛大に拍手をした。彼女は嬉しそうだった。
幼児期のピアノの効能をあれこれと書いたが、それよりも、母子密着のこういった時間の方が幼児にとっては大切なのかもしれない。最終的にはピアノによって、努力を積み重ねて完成させる根気、感情や思考について言語以外で表現する力、それを鑑賞する力を身につけて欲しい。それらはきっと貴方の世界を豊かにするだろう。私からのプレゼントと思って欲しい。