2017年6月30日金曜日

若きトゥットゥの悩みー年中組結婚騒動

5月初め頃だったか。保育園の送り時に正門に近づくとトゥットゥがぽつりと言った。

「トゥットゥは誰とも結婚できない。」

一瞬、はあ!?と思ったが、すぐに新学期早々の結婚宣言を思い出した。

保育園の迎えに行くと、仲良しの男の子と帰り際に抱きしめあっているところを目撃し、びっくりしながら声をかけると、

「トゥットゥはRくんと結婚します!」
「ぼくはトゥットゥちゃんと結婚します!」

と同時に結婚宣言したのである。

あの出来事はなんだったのだ。トゥットゥに聞いてみると、どうやらR君は別の女の子と結婚してしまったらしい。そうか、フられたのか。失意の発言なのか。

「別に保育園の男の子と結婚する約束をしなくても、これからもっと素敵な男性が現れるから、その人と一緒になってもいいんだよ。」

とだけ声をかけて教室に送り出した。

その後、保育園の担任と話す機会があり、笑い話としてトゥットゥの婚約破棄の話をした。「最近の子はおませさんですね」という挨拶程度の軽いノリだったのが、苦情として受け取ったのか、困り顔で弁明し始めて私も少し驚いてしまった。もしかして保育士の間でも問題になっている事案なのか?

「ほんと、すいません。今、このクラスは結婚ブームなんです。去年のお遊戯会で『ねずみの嫁入り』をやったでしょう。あれ以来、仲のいい子は結婚するみたいな意識になってしまって。結婚の意味は教えているんですけど、いまいちわからないみたいで。」

年中組の子に結婚の概念など馬の耳に念仏である。家でも何度も結婚についてトゥットゥに教えているが、ようやく母親の私とは結婚できないとわかったくらいで、いまだにお父さんやゴッシュと結婚できると思っている節がある。

年中組結婚騒動について、この一件直後の懇談会で先生とトゥットゥの話からは伺いしれない有力な情報を手にいれた。お母さん同士の自己紹介お題で「我が子自慢」というのがあり、ある男の子のお母さんが息子のおませな発言を笑い話にして紹介したのだった。

「うちの息子はある女の子が好きなんです。それで日曜日も『俺とあいつは心でつながっているから寂しくない』なんて言うんです。」

それを受けた別の子のお母さん。

「うちの息子は休日、紙に花丸を一生懸命書いているんです。聞くとMちゃんにあげるって、〇〇君(前出の男の子)と約束したからって言うんですよ。」

ははあ、彼らは二人とももMちゃんが好きで、ライバルと認め合って求愛しているのか。

男の子が人気の女子に集中すると当然あぶれる女の子は出てくる。それがトゥットゥだったというわけか。彼女は幼いなりに自尊心が傷ついたのだ。それで初めてトゥットゥの「誰とも結婚できない」発言の意味の深刻さがわかったのだった。





家に帰ってトゥットゥに年中組における結婚について探りを入れてみた。年少組ではいつもべったりくっついて仲良くしていたAちゃんがいたはずだ。年少の2月頃はあまりに相手の束縛が激しくて、ほぼ毎日

「Aちゃんはトゥットゥ他の子と遊ぶとダメだって言う、どうすればいいの。」
「Aちゃんとばかり一緒だと飽きちゃうの。」
「Aちゃんとおままごとしても、お母さん役はやらせてもらえないの。」

と相談を受けたものだ。その度に根気よく次のように伝えた。

「『今は〇〇ちゃんと遊びたいの。Aちゃんも一緒に遊ぼう』と誘え。」
「『飽きた』なんて言ったら相手は悲しい。『今日は気分を変えて一人で遊びたい』と言え。」
「『今日はおままごとでお母さん役やってみたい』と一度は主張しろ。言わないと人はわからない。」

話の内容はともかく完全に大人の処世術である。

そのべったり彼女はと言うと…

「AちゃんはK君と結婚した。」

とだけトゥットゥは言った。言外に自分はお払い箱になったという悲しい余韻があった。トゥットゥは行動はマイペースなのだが、人間関係はかなり繊細にできているということがこの一件でもよくわかった。

それでは月齢の一番低いOちゃんはどうだ。そういうことにまだ興味がないらしく、迎えに行くとそれこそいつもマイペースで遊んでいるではないか。

「Oちゃんは保育園の男の子は乱暴だから結婚しないって言ってる」

ほらみろ。そういう子もいるのだ。保育園の乱暴な男の子たちと無理に結婚の約束をするもんじゃないと私は語気を強めた。

「うん、そうだね。乱暴な男の子と結婚しなくてもいいよね。」

Oちゃんのことを認識して、無理に男の子とペアにならなくてもいいと自分でも納得したようであった。以上が5月の話である。





そして先日。夕方のおやつを食べながらトゥットゥは言った。

「トゥットゥはRくんと結婚したんだよ。」

え、あんた5月初めにフラれたんじゃあ。

「それでね、『トゥットゥはRくんと結婚した』ってYちゃんに言うと、Yちゃんは『うるさい!』って言ったんだよ。いけないよねえ。」

いやまて。いろいろひっかかる。R君は他の女の子と結婚したのではなかったか。

「別れたんだって。」

Rくんはとんだプレイボーイだ。Yちゃんは誰かと結婚しているのか。

「ううん、いまはYちゃんは誰とも結婚していない。」

幸せ自慢してどうする。自分の不幸には敏感でも、他人の不幸には鈍感なのである。さすが子供である。

そこで懇々と教えた。トゥットゥだってこの前まで「誰とも結婚できない」って悲しんでいただろう。Yちゃんだって結婚できなくて本当は悲しいんだ。それなのにトゥットゥは結婚したからといって自慢したらYちゃんはどう思う。トゥットゥはYちゃんの気持ちを傷つけたかもしれないよ。

「え、でも『うるさい』って怒ってたよ?」

悲しみを怒って表現する人もいるのだ。だから同じように結婚しているお友達ならトゥットゥの結婚を自慢していいけれど、そうでないお友達は「悔しい~」「悲しい~」って思って、トゥットゥに意地悪をするかもしれないから、なるべく自慢しないように。

「うーん、うん…?」

やっぱり教えるのは大人の処世術であるが、わからない、まだわからないよね。子供の人間関係の中で、傷つき傷つけ傷つけられて、その年齢の人付き合いなりの処世術を身に付けていってほしいと願うのだった。