2017年7月10日月曜日

ららら科学の子は臆病で優しい

保育園の送りの途中、トゥットゥが一本足の鳩を見つけた。すぐに質問回答の応酬が始まった。

「どうしてあの鳩は一本足なの?」
「猫やカラスやトンビに襲われたのかもしれないね。」

「なんで猫やカラスは鳩を襲うの?」
「鳩を食べるためだよ。」

「なんで鳩を食べるの?」
「猫は肉食といって肉を食べるのが大好きだし、カラスも雑食といって、葉っぱや木の実以外に肉も食べられるから。」

「猫はなんで肉食なの? カラスはなんで雑食なの?」
「生きる過程でそういう進化をしてしまった。環境に適応した結果。例えばトゥットゥは雑食で、ごはんやお肉や野菜をバランスよく食べるでしょう。それは人間が生まれて、死んで、を繰り返す中で、それが一番よく生きられ、次に生まれてくる人に命をつないできたから、そうなったんだよ。」

最後のは難しかったかしら。しかしなんとなく納得したようである。











いや、待て。娘よ、気にするのはそこではない。優しい子であれば、一本足になってしまった鳩の末路に思いを馳せるのではないか。躰が不自由になってしまった鳩は食べ物はどうやって見つけるのだろうか。どうやって天敵から逃げるのだろうか。仲間は助けてくれるのだろうか。普通そういった質問が出るのではないだろうか。

この疑問が親の「優しい子」像を一方的に押し付けた期待だとは知りつつも、これから社会で生きていく中で弱者への目を忘れないでほしいのもまた事実。実際に会話を書き起こしてみると私の説明が捕食関係に終始しており、この図鑑的な導きが悪かったのかもしれないと反省した。まだまだ別の見方を与えるチャンスはあるはずだ。少し私は考えた。そして読書好きならではのとっておきの作戦を思いついた。

「鳩ではなく片足になったダチョウの話なら知っている。その本を読んでみよう!」





「かたあしだちょうのエルフ」小学校の教科書で知った話だ。ライオンから動物たちを守るために片足を無くしてしまったエルフ。他の動物たちは自分たちのことで精いっぱいで、やがてエルフは皆に忘れ去られていく。しかし、またも動物たちに訪れた危機で、最後の力を振り絞って黒ヒョウから動物の子供たちを守る。そして、干からび傷ついた体は木となり、落とした涙は泉となり、動物たちの憩いの場となった。



私は大人になって読むたびに泣いた。トゥットゥもこれを知ることで、一本足になってしまった鳩を叙情的に捉えることのきっかけになるかもしれない。

その日の夕方、わざわざ図書館に足を運び「かたあしだちょうのエルフ」を借りた。そしてすぐにトゥットゥに読んでやった。やっぱり私は少し涙ぐんでしまった。それをよそに

「なんでエルフは木になっちゃったんだろうねー。鳥は木になるの?」





…おまえは科学の子だよ。





気を取り直して、私は解説をした。

「エルフの他の動物を思いやる気持ちを称えて、神様が木にしてくれたのかもしれないよ。そうしたらみんなエルフのやさしさを忘れない。エルフはみんなの心に生きる。」

娘は科学的な回答を期待したのだろうが、いきなり神様が出てきて戸惑ったようだった。彼女なりにぐるぐると神様の御業の仕組みを考えているようだったが、人知を超えるようだったので、考えるのをやめて他のことをし始めた。

この本に限らず、私は結構絵本の文学的解説を娘にしてしまう。見方を固定するのはよくないなあと思いつつ、彼女はオチについて「なんで?なんで?」と聞くものだからついやってしまうのだ。「自分で考えてごらん」って言えばいいとはわかっているのだが、親の沽券にかけてと思う小物なのである。いっそ本気で科学的に解説する技を身に付けるほうが彼女のためだろうか。





どういう巡り合わせか、このタイミングで夏休み、群馬サファリパークに行くことになっていた。そしてどういう奇跡なのか、車を降りてのウォーキングサファリゾーンでダチョウを見ることになった。

「エルフだ!エルフだよ、お母さん!!」

と大興奮するトゥットゥ。弱者への思いやりはともかく、行く直前に本を読んでよかったと思った。知っているものが目の前にいるというのは何でも嬉しいものだからだ。

そしてある檻の前にきた。黒ヒョウだった。私はこの巡り合わせに驚き、思わず大声でトゥットゥを呼んだ。彼女はその声と共に檻を覗き込んだ。しかし目の前には何もいなかった。あまりの暑さに建物奥に引っ込んでいるのかもしれない。残念だと思って天を仰いだ時、頭上に檻が続いていることに気づいた。そしてうずくまる黒い影。黒ヒョウだ!

トゥットゥもすぐに見上げた。そして指を差して大声で叫んだ。

「エルフを襲った黒ヒョウめ!あっちへいけ!!」

彼女は物語をきちんと理解していたのである。鳥が木になってしまった科学的に不可解な出来事だけに注目していたわけではなかったのである。私はほっとした。

そしてこの一件で気づいたことがあった。私が叙情的にと望んだものの見方は、トゥットゥの場合、弱者を守るために悪の強者を退けるという方向に露出したのだと思った。彼女たちの年代は自分の要求を通すことで精いっぱいだ。自分の邪魔をする存在を嫌悪し退けたい気持ちと日々戦っていることだろう。そう考えると、トゥットゥが鳩やエルフに自分を置き換えた場合、捕食者ばかりに興味がいくのもわかるし、黒ヒョウを追い払おうとする気持ちもわかる。生来、臆病(=慎重派)のトゥットゥだ。まずリスクを知り、排除したいのだ。決して科学の子、と言う理由ばかりではないのだろうな。

彼女は彼女なりに優しい。弱者のことを思ったのだ。まずそれを褒めてやろう。