ゴッシュは1歳4ヶ月も立とうというのに一向に立とうとしない。つかまり立ちとつたい歩きはものすごく早いのだが、どうもバランスをとるのが怖いらしく、つかまる手を離すと恐怖の表情が顔に浮かぶ。つまりビビりなのである。私もそれにあぐらをかいて、保育園お散歩の置き靴もトウットゥのお下がりという、二人目ならではのいい加減さで扱っている。
それを哀れに思ったか、サチ母はこっそりファーストシューズを用意すべく、百貨店の売り場に行った。ところが店員に、ファーストシューズならなおさら、本人を連れてきた足のサイズを計らないとお売りすることはできないと、ピシャリと言われたそうだ。そういえば電話で「ゴッシュ君の足は何センチ?」と聞いてきたことがあったな。その時、すぐに測って「今、11.6cmくらいなんで、12.5cmの靴でいいと思いますよ」と答えたのだが、そういうことがあったのか。
さて、百貨店の子供靴売り場に到着するとすぐにゴッシュの足を計測することに。ゴッシュは何が行われるのか不安そうな顔をして嫌がる上に、そもそも自力で立てないため私に寄りかかって暴れ始める。なんとか計測すると12.2cm。「13cmがちょうどですね。赤ちゃんの場合、1cmくらいは遊び(隙間)が必要なんです」と言われた。私はゴッシュに12cmのお古の靴をはかしていたことを申し訳なく思った。
「これなんていいんじゃない?」 ニューバランスのスモーキーな紺の靴。サチ母好みのシックな色合いだ。私は特に異存はない。買いに連れてきてもらってよかったとしみじみ思った。
★
サチ母は念願叶って気持ちが高ぶっているせいか、
「ほら、トゥットゥのも買ってあげるわよ!」
と言い始めた。とんでもない! 前回のお盆の滞在でトゥットゥはやはり同じ売り場でサンダル買いに連れてきてもらってサイズがなかったからと、「運動会で履いてね」と一サイズ大きいスニーカーを買ってもらったのだ。
「トゥットゥちゃんに何もないのはかわいそうじゃない。それに2足は必要でしょ。」
どうせ靴を断れば、サチ母はトゥットゥに他のものを買うだけである。お言葉に甘えよう。トゥットゥに選ぶように促した。
「これがいい。」
彼女が指差したのは、ニューバランスのピーコックグリーンのような(ハイドロブルーというらしい)スニーカーだった。
サチ母はぎょっとした顔で、
「その色? その色がいいの?」
と言った。確かに珍しい色で目立つ。なかなかオシャレ上級者の色だと思った。しかし私は嫌いではない。トゥットゥはもう一度
「これがいい。」
と言った。しかしサチ母はその色がお気に召さないのだ。
「こっちの方がいいわよ。ゴッシュとお揃いの色。そう、お揃い。かわいいじゃない。おばあちゃん、お揃いが見たいの!」
トゥットゥはサチ母の目も見ず、もう一回言った。
「これがいい。」
3回言う。これはマジである。母親としてバックアップしなければ。
「お母さん、トゥットゥは本気です。この色にしてあげてください。」
「でも、でも変な色じゃない。こっちの方が可愛いわよ。」
変な色…。スポンサーがそう言うのもなあ。私は板挟みになった。今一度トゥットゥに
「ゴッシュとお揃いも可愛いけど、どうする? 最初の色にする?お揃いにする?」
トゥットゥは、私の目も見ずに言った。
「じゃあこっち。」
諦めたのだ。そのあとお揃いの靴が幅が狭くて履きにくいと言うことで、別の形のスニーカーとなった。その時もトゥットゥは真っ青なスニーカーを選んだが、サチ母はブルーグレーの方がいいと言った。トゥットゥは、特に何の感情もこもらない声で
「うん、それでいいよ。」
と言った。彼女なりに気遣っているのがわかった。
★
その後GAPに行った。そこで可愛い猫のキラキラのフラットシューズを見つけた。トゥットゥは気にいるだろうなあと思って手に取った。
「ああ、それ、前回来たときも、トゥットゥが気に入って、買おうとしたんだけど、足の甲に当たって痛いって言うから、買わなかったのよ。」
サチ母が言った。なるほど。やはりお気に入りシューズだったか。普段履きはできなくても、ピアノの発表会にいいではないか。すると同じシリーズでキラキラが張り付いていない分、柔らかな黒い猫のフラットシューズも見つけた。
「その黒は前回サイズがなかったの。サイズがあるなら黒の方がいいわよ。」
確かに黒の方が着回しがきく。発表会も黒のフラットシューズは問題ないだろう。問題はトゥットゥだ。さっきの運動靴の一件もあり彼女が好きなものを買ってやりたいと思ったのだ。こっそり黒を買うのは私の信条に反した。私はトゥットゥに靴を選ぶように言った。
「これね、これね。前も買おうとしたやつなんだよ。キラキラ、可愛いよね。キラキラがいい!」
トゥットゥの反応は想像通りだった。
「せっかくサイズがあったんだから黒がいいに決まってるわよ。トゥットゥには『キラキラはサイズがなかった』とか言って、諦めさせればいいのよ。」
サチ母の反応も予想通りだった。
私はまたもや板挟みにあった。しかし、今度は娘の意思を汲んでやろう。いや、待て、義母の推しも無視するわけにはいかない。仕方なく私はどうしたかというと…
「まあ、二つ買うの? キラキラなんて1回しか使わないわよ。トゥットゥに甘いんじゃないの。…んー、でもジェイジェイ(息子)もトゥットゥの好きなもの買ってやれっていつも言うしねぇ(ブツブツ)」
裏表のないサチ母のことだから、私への嫌味というよりは、単純に自分の意見が100%通らないので面白くないことからの発言だろう。基本、おばあちゃんの孫愛(〜してやりたい)は押し付けなのである。サチ母はその自覚もあるのだが、やはり誰よりも意見が尊重されてしかるべきと思っている節がある。それでこそ姑!(苦笑)
そんなことが頭をよぎりながら
「私が買うので許してください。」
と苦笑いしながら言うのが精一杯だった。
トゥットゥはその日、結果的に3足も靴を買ってもらい大喜びだった。家で袋を開けてキラキラ猫靴を見たときの顔と言ったら。誰だってこの笑顔が見たいのだ。私は家の中でキラキラ靴を履いて歩く彼女を呼び止めて言った。
「トゥットゥ、大人に気を使わなくていいからね。買ってあげると言ったら、欲しいものを買ってもらいなさい。お母さん、値段が高すぎる以外は反対はしないから。」
私は彼女が安心する顔を見た。いつもこう言う顔でいさせてあげたい。