毎年5月の連休明けくらいからジェイジェイが夏休みの予定を立て始めるのだが、「今年は海に連れていってやりたい、南房総か?」と言っていたものだから、であればいっそ山口の私の実家に帰って、近所の海水浴に連れていってやろうと提案した。私の実家は瀬戸内なのである。
トゥットゥは年1回程度ではあるものの、定期的に山口に行っているものだから、行く前からウキウキで、前回の秋滞在時に遊んだ大きな公園で遊びたいと言ってきかなかった。いやいや、夏の遊具はフライパンの上のようだぞと必死に説明をして、事前に東京で炎天下の遊具に触らせて、公園では遊べないことを納得させた。
トゥットゥに改めて今年のメインイベントは海水浴と言うことを言い聞かせると、彼女は必死にイメージトレーニングをしていた。6月の参観日のレクレーション、保育園の先生に質問というコーナーで
「海ではどうやって泳げばいいのですか?」
と尋ねていた。プールのような手をかけられる淵もなければビート板もない海で、そもそも水に顔が付けられないのにどうやって楽しめばいいのだという素朴な疑問からきたものらしい。保育園の先生はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「浮き輪を使います!」
トゥットゥはすぐにテレビ電話でデコ母に「浮き輪を買っておいて!」とお願いしていた。
夏そのものが苦手な私は最初砂浜から見ているだけにしようと、ジェイジェイと子供たちの水着だけを用意した。しかしジェイジェイだけに二人の子の面倒を任すのは心許なかった。そして年を取った両親に世話をお願いするのは気が引けた。やはり私が海に入るしかないのか。
ふと2014年の房総での海の夏休みを思い出した。海風は涼しかったんだっけ。前向きな気持ちがよみがえってきた。私は水着を買った。
★
3泊4日の山口滞在。二日目に私たちは予定していたように、岩国の米軍基地に近い海水浴場に行った。デコ母は孫たちのために砂浜に建てるテントを買い、浮き輪を膨らまし、クーラーボックスにジュースや果物を詰めた。
海辺について辺りを見回すと日本人の母と子は皆ラッシュガードを着ていた。対して私たち家族はウォータープルーフの日焼け止めクリームを塗っただけであった。そんなに日焼けは気を付けなければならなくなったのか。昔と今は紫外線量そんなに違うんだっけ??? (調べたら増えているようです)
トゥットゥは初めての海で怖がるかと思ったが、浮き輪での遊び方をすぐに覚えて、あっと言う間にジェイジェイに手を引かれて冲に行ってしまった。
私はゴッシュを連れて波打ち際に行った。彼はトゥットゥほどではないが慎重派で安全とわかるまでは行動は起こさない、無鉄砲なことはしない男なのである。そして海は未知である。恐怖であることはだいたい予想できた。案の定、砂浜を後ずさりして、眉毛をへの字にして、口を八の字にして怖がった。私は怖がる彼を浮き輪に入れて海に連れ出した。この世の終わりのようにもがきながら泣いた。デコ母が「可哀想よ」と笑いながら声をかけた。
ゴッシュは海から上がると二度と海に入らないと表情が物語っていた。デコ母はテントまでゴッシュを抱っこで連れていった。二人はテントの日陰に座った。ゴッシュはそれ以降。クーラーボックスのジュースを飲んだり、葡萄の皮をむいて口に運んでもらったり、昼寝をしたり。どこかの王族の皇子のように過ごした。
ゴッシュが海遊びをリタイアした後、トゥットゥから
「お母さんも海においでよ!」
と何度も誘われた。よほど楽しいのだろう。はしゃいで思わず顔が水に浸かった時は
「本当に海ってしょっぱいんだね。誰が塩を入れたの!?」
と目をぎゅーっと瞑り、口から舌を出して、漫画のような表情をして驚いていた。ジェイジェイに代わって私が海に入り、彼女の浮き輪につかまって、いろいろな方向に泳いだ。40歳を超えて海に入るなんて思ってもいなかった。いつの間にか私も童心に帰っていた。